Kusikezuru(梳る)
右肩良久

 恋をすることは惨めだ
 倉庫の巨大な薄闇の片隅で
 段ボールの埃をはたいて
 組み立て式ペーパーボックスの
 在庫を数えながら
 君の黒髪を両手に受けて
 溢れるほど両手に受けて、顔を
 埋めてみたいとまで痛烈に追い詰められて
 汗まみれの顔面に
 絶望の涙をひとつ垂らしたりする
 ラベンダーの幻臭に脳をやられて
 ぼやけた視界をぐらぐら揺すったりする
 散乱した空箱の間、薄闇の片隅の片隅に倒れ込んで
 そのまま丸く膝を抱えてしまう
 僕はこんなに惨めな男だったのかな
 目を閉じると赤く焼ける真っ暗闇

 かなわぬ恋ならせめて
 君からひどい言葉で罵られたい
 ざくざくと僕ばかりでなく
 君自身さえ一緒に切り刻んでしまう言葉
 魂を剥き出しにした言葉の中で
 せめて二人血まみれで倒れたい
 それなのに僕はこんな場所で縮こまって
 うっかりすると甘美な性衝動に
 身を任せる、そんなふうにしかねない

 君の髪を両手に溢れさせることができたなら
 黒いつややかな筋が指の間を滔々と流れるのなら
 そうだ、僕は姿勢良く直立する美容師になろう
 取り澄ました無表情で手先は華麗な技を見せるのだ
 ステンレスの大振りの櫛を緩やかに握って
 梳る

 銀河系を映す君の髪の悠久の流れを

 梳る梳る
 悲しいことの何もないきらめき


自由詩 Kusikezuru(梳る) Copyright 右肩良久 2004-02-24 00:03:14
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