アジサイの羽
蒸発王

家の近所に教会があった

私はクリスチャンでは無かったけれど
教会の牧師先生が面白い人で
何故かよく入り浸っていた


教会といっても
見た目は古い日本家屋で
家の一部を改築してできた
小さな礼拝堂とステンドグラス
屋根の上に
これもまた
小さな十字架がかかる
懐かしい感じがする教会だった

クリスマスパーティーはもちろん
夏休みには近所の人を集めて
流しそうめん大会をして
ごちそうしていた


教会の庭には
青々とした紫陽花がいつも咲いていて
子供心に不思議に思ったものだ
先生に尋ねると
『天と地の恵みでしょうね』と
冗談めかして笑っていた


その教会が

取り壊される事になった


礼拝堂にあった十字架も
オルガンも
美しいステンドグラスも

信者に分けられた


最後の礼拝の日
その朝は雨が降っていた

まばらに帰って行く信徒を送りながら
先生は私を呼び止め
最後に
あの紫陽花を
私に分けることを伝え

(夜になったら またおいでなさい)

と言われたから
私は一旦家に帰った



宵も深まると
雨は止み
高い濃度の湿度が
雲をけぶらせ
満月は朧に溶けて
濃紺の夜空に揺れていた


自転車でかけつけたら
先生は紫陽花の前で待っていた
土を掘りかえすスコップを先生に渡すと
いりませんよ と
やんわりと断られ


私に紫陽花を見るように言った


見ていると
紫陽花は夜霧を吸い込んで
どんどんどんどん青く染まって行き
染まりきった青いガクの一つが
ぱらりと散った

すると

根元の土から
もそもそと羽をたたんだ蝶が這い出し
茎を登り葉を滑り
欠けたガクの場所に止まって


そのまま花と同化してしまった

そして
先生が根元の土を
手で優しく掘ると

其処には沢山のサナギが埋まっていた



紫陽花はガクが散ると
根元のサナギが蝶に孵り
その羽がまたガクに成るから
スコップで紫陽花を掘ってはいけない
サナギが潰れてしまうよ

と言いながら
先生は紫陽花のサナギを残らずバケツに入れて
花と一緒に私に渡し
『天と地の恵みです』
と笑った



以来
私の家の庭に植え替えた
其のアジサイを
こんな雨上りの夜更けに見るのが趣味になった


たまに
花になりきれなかった蝶が
ふわりふわりと
天に向かって飛ぶのを見ては

『天と地の恵みです』


と言う先生の笑顔を
思い出してしまう





『アジサイの羽』


自由詩 アジサイの羽 Copyright 蒸発王 2006-06-22 19:54:27
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