たなか屋の角
佐野権太
大きなガラス扉
日焼けしたブラインド
貸店舗、の白い貼り紙
コンビニになりきれなかった
角の、たなか屋
殺風景な店先のコンクリートには
ただひとつ
小さな郵便ポストが生えたまま
舌足らずな、おばちゃんの
(いらっさい、まっせぇー
が聞こえる
たなか屋には
コンビニにはない生鮮品が並んでいて
ときには賞味期限切れだったりしたが
それはむしろ、スリルで
言えば、おばちゃんは海老のように丸まって
ちゃんと交換してくれた
世間話に花が咲いて
いっこうに進まないレジには閉口したが
精一杯、背伸びして
カウンターにしがみつく
幼い指先に
柔らかい微笑みをくれた
(たなか屋、またお休みだね
見あげる小さなおでこに
何ひとつ
答えてやれやしない
そういえば、子供の頃
五円玉とか十円玉を握り締めて通った
駄菓子屋があった
桜色の一円ゼリーや
赤いミシン目のついた鉄砲の紙火薬を
買ったのは覚えているが
店の名前はすっかり忘れてしまった
西日を浴びたポストの温もりを横目に
手を引いて
たなか屋の角を曲がる
その呼び方も
いつか塗り替えられてゆく
安全で、
便利で、
薄っぺらい名前に