「汚れた足」
服部 剛
小雨の降る夜道を歩いていた。
ガラス張りの美容院の中で
シートに座る客の髪を切る女の
背中の肌が見える短いTシャツには
「 LOVE 」
という文字が書かれていた。
*
その昔、青年は
「愛」という文字には
浮ついた白い翼が生えており、
身軽に宙を羽ばたいているように見えた。
大人になった青年には、
「愛」という文字をじっと凝視していると
涙の滲んだ瞳には
「愛」の奥に隠れた「哀」という文字が
見えていた。
「哀」の奥に隠れた「茨の冠を被った人」は
両足首を縛る鎖に碇を結ばれ、
両腕を広げたまま頭を垂れ、
深海の闇へと沈んでゆく
*
彼にとって、
足が萎え、歩けぬ人に手を差し出すことは、
川のせせらぎが上から下へ流れることであった。
だが、日々を共に生きる「隣の人」を、
そのありのままの姿を両手で受け止めることは、
薔薇の花が切り落とされ、
無数の棘が生えた茎を
我が胸に抱くことであった。
闇に浮く 真紅の薔薇は 彼に問う
「青年よ、汝の下に置かれた
人の足を洗うことはできるか」
闇の中で立ち尽くす青年が俯く顔の下に
汚れた足が、無言のまま、置かれている。