近くに小さな森がある
魔女も赤ずきんちゃんもいない
妖精も小人もいない
むろん南方熊楠もいない

サワグルミの木がある
トチの木がある
両手をまっ黄色にしながら
固くて苦いトチの実とたたかった
縄文人がいた

餓死するまえに森へ逃げ込む
赤い実をたべて赤くなる
青い実をたべて青くなる
苦い実をたべて生まれかわる

５月も残酷な月だ
苦い実はひと粒もない
赤い実も青い実もない
ケータイも光ツーシンもないけれど
ペットボトルには幸せがいっぱい
冷たく透きとおった空しさがいっぱい

近くに小さな森がある
朽木のようにごろごろと転がっているのは
行き倒れた縄文人だ