鳥人間コンテスト
ZUZU

ヒトラーの「わが闘争」を
いつもポケットに入れていた
まるでサリンジャーの小説の
脇役のようなH君から
十二年ぶりに電話がきたのは
二年まえのことだった

十二年前H君は中国人の留学生にふられて
二浪して入った都立大学をやめて
名古屋の日雇い労働へ出かけたのだった

その留学生が男だったと知ったのは
名古屋の寮からもらった電話でのことで
落ちこぼれ同士のぼくらでも
そんな秘密もわけあえていなかった
ぼくは同性愛者ではないとおもうと言ったら
そう、
とさびしそうに笑って電話を切った
中日ドラゴンズはそのころまだまだ弱かったと思う

サン・テグジュペリをのせた飛行機が
見つかったなんてニュースを
きみだけはきっと信じなかったって知ってる

二年前ぼくはわるい女に狂っていて
こころを搾取され
借金を肩代わりしてボロボロにやせ細り
それでもはかない純愛のつもりで
H君から突然の電話は
親があらひさしぶりね、と番号を教えたらしかった

テレビ見てみろよ
テレビ、野球中継ではドラゴンズがぼろ負けしていて
チャンネルを変えたら
「鳥人間コンテスト」をやっていた
おれだよ
おれだ
飛んでるだろ
おれだおれは飛んでるんだいま
都立大学でいっしょうんめいペダルをこいでいるのだよ


ああよくわからないけれど
たしかにそれはH君だったのかもしれない
名古屋からだったのかもしれないし
どこか知らない土地の工場からだったのかもしれない
ポケットに「わが闘争」
だれもつかまえられないライ麦畑まで
だれにもつかまらない飛行機で
いまきみはいっしょうけんめい
ペダルをこいでいるのだ


鳥人間にどうして
コンテストなんてひつようだろう
飛べるひとは飛ぶ
ただそれだけのことだ
そしてH君は飛んだのだ
だれも知らなくてもぼくだけは知っているのだ





自由詩 鳥人間コンテスト Copyright ZUZU 2006-05-29 20:06:51
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