滴と器
美味
天井から弾かれた様に落ちる滴
それを受ける輪郭の薄い碗
高い波紋は縁を越えて畳を濡らし
残りは緩い波となって、また静まりかえる
幻想と妄想の別も曖昧になるほど
スコッチを呷ったというのに
水よりも味のしなくなったそれは
無に等しい空虚
いつからこんなに受動を好むようになったのか
蝶よ華よと讃えられた牡丹は既に枯れ
流されている川は深く速い
私に差し伸べられる手は無いが
それを拒む手すら落としてきた
為されるがままに流されるこの身は
果てに海へ辿り着けるのだろうか
あそこは
私に似たもので
埋め尽くされているに違いない
土塊になった
私と私に似たものは
海の底に際限なく澱を積もらせ、いつか
天井から滴る水で
次第に碗のかさが増していく
畳は濃い緑色に段々と染まり
空になったスコッチは
忘れられないように
鈍く蛍光灯を反射している
私は力の入らなくなった右手を滑らせて
碗の薄い輪郭をなぞっては
水の中に指を浸す遊戯を
繰り返し繰り返していく
あああふれてしまう
水があふれてしまう
海があふれてしまう
いつかの日が
煙となって彼方へと
私という何かが
あふれてしまう