日記
日雇いくん◆hiyatQ6h0c

 去年、ソーシャルネットワーク、いわゆるSNSなどと言われるサイトに、知人より招待され、加入した。
 最初はコミュニティと言われる、趣味が合う者同士が集う掲示板のようなところを見て回ったり、サイトに加入している、自分につながりのある者たちの日記を読んだりしていたが、そのうち自分でも日記が書きたくなって、気がつくと一年以上も、ぽつぽつと日記を書き続けている。
 たった一人で書く、誰にも見せないような日記は3日と続かないくせに、こういうサイトで、人に読まれる事を想定して書かれる日記が続くのはなぜなんだろうか。自分より古くからいる他の人達なんかは、もう2年くらい書き続けていたりする。
 理由は、単純にかまわれたいとか友人同士が集まった時に話題になるとか、他にもいろいろあるんだろうが、そんなものが動機であるにせよ──そんなたいした事でもないからこそなのかも知れないが──、とにかく長期に渡って継続できる人たちがかなりいることに、今さらながらびっくりさせられる。
 人に見せる日記には、多少怠惰な人でもどうにかしてしまうような、妙な魔力みたいなものが、どこかしらに、あるらしい。


「おい、こないだ書いてたの、けっこう叩かれていたじゃん」
 会うなり、友人にいきなり切り出された。
 待ち合わせの、居酒屋だ。
 お互いに何かしら書き物をしている同士。
 当然、話題は書き物にまつわる事が多い。
 住んでいる場所がけっこう離れているので頻繁に会うわけではないが、たまに会うと、そのSNSで書いた日記の事や、ネット上の投稿掲示板で投稿した、またはされたテキストについて、思う事などが自然と話題になる。
「んー、たまに煽りたくなっちゃって」
 勤務先の工場から着のみ着のままで来た友人に、つい言い訳をする。
 今日会うのを楽しみにして、家にも戻らずまっすぐ来たのだろう。
 めったに人を煽る文章を書かないので、彼はこちらの真意が聞きたくて、たまらないらしい。
 話題が話題なので、なんとなく申し訳ない気になる。
 SNSに備え付けられている、メッセージ機能というメールのようなシステムでやりとりをしてもいいのだろうが、やはりそういう話は直で会って、相手の反応を見ながら話すのが面白い。酒やつまみがあれば、なおいいというものだ。
「そんな事言っちゃってあれでしょ? 本当は我慢できなくなったんでしょ?」
「まあ、なんというかねえ……」
「あいつら、みんなバカだからさあ」
 別に、たいした事を書いたわけではない。
 ただ、友人が指摘しているような者たちの声が、こちらから見ればまっとうな事を言っている者に対して非常に大きく──そうした者達は、なぜかいつも、決まって大勢いるものだ──、こちらから見たら取るに足らないような事で、ああでもないこうでもないと騒いでいて、それがあまりにもひどかったので、さらりとではあるが、つい否定的な意見を、これもSNSサイトに備え付けられているコメント機能というものを使って、とある人の日記に、コメントとして書いてしまったのだ。
 それがいけなかったのか、そうした者たちから、やれソースを出せだの理論的に言えだの言われ、かなり叩かれてしまったというのが、今回の話題だった。
「まあなんだろうね、あそこの人たちがそうバカだとは思わないけど、なんていうのかな、ちょっと常軌を逸しているよね」
「ひどいよあれ、いったいどういう頭してんだろう」
「まあさ、おれと違って、普段働きすぎてるんだかなんだか知らないけど、何かそういうののはけ口にしてるんじゃないの。でもそういうのは他にあそこ──あそことは、もちろん某有名巨大掲示板の事である──があるんだからさ、そういうところでやって欲しいよね」
「あ、チューハイと焼き鳥盛り合わせお願いします。何か頼む?」
「えー、じゃおれも第三のビールね」
 友人は話が面白すぎるのか酒が異常に進み、次々と店員に注文を出す。カウンターに座っているせいもあるが、それにしてもペースが速い。
 もっとも、酒に飲まれない男なので、金の心配以外はする必要がないのが救いだ。
「ごめんごめん話切っちゃって。あいつらも節操ないからさ、あそこでやればいい話をすぐ持ち出して騒ぐんだよね。もうアホかとっていうさ」
「まあ無視しときゃよかったんだけどさ。結局敵とかつくって損だし」
「いいじゃん。そういうのも面白いよ」
「わざとマジレス、ってかい」
「マジレス、最強だよ」
 話しているうち、お互いどんどんジョッキが軽くなる。
 こちらも勢いで頼む他は、ない。

 
 すっかりいい気持ちになって家に帰り、PCの電源を落とすと、さっそく自分の日記に、嫌がらせに近い煽りの書き込みが大量に並べられていた。
 コメントした日記を書いた当の本人は、ネット上で創作文章を書いている者の間ではちょっとした有名人だったので、反響も大きかったのだろう。
 某掲示板の書き込みのように、釣れた釣れた、と思いつつ喜んでもよかったのだが、それよりは、絶望の方が気分を支配した。
 書き込みをした者は、あまり見ない名前が多かった。
 つい気になり、その人の名前をクリックして、どんな人なんだろうと探る──そのSNSは他のSNSと同じように、書き込みをした者の名前に、本人のページがリンクされていて、まともなプロフィールを書いているものならば、当人の人となりが多少なりともわかるシステムになっている──が、そろいもそろって、こちらからはアクセスできないようになっていた。
 いわゆる、アクセス拒否というやつだ。

【このページにはアクセスできません】

 ブラウザの左上に小さく、細かくピクセル指定してあるようなサイズで、ただ白いだけの背景に、簡素に刻まれた一行のみの文字群は、なぜか見るほどにこちらの心を、不思議なくらい乾いたものにする。
 思わず、画面に吸い込まれそうだった。
 SNS内の知人に頼んで、どんな人なのか、代わりに見てもらってもよかったのだが、その気にはなれなかった。たとえ見たところで、こちらがどうにか出来るものでもない。
 書き込んだ者が、SNSの規定で禁止されている、複数のアカウントを取って、そのうちのどれかで、実際の本人とは違うふうに成りすまして、普段からろくでもなくどうでもいいものを書き込んでいる事だってある。
 わざわざそんな事までして嫌がらせするのかとも少し思うが、あんがいあちこちでよく聞く話だ。
 いちいちつまらない暇人を、相手にはしていられない。
 だからと言って向こうを、アクセス禁止はしなかった。された事をしかえすというのも、子供じみていて、普通にくだらない。
 見て何か書きたければ、勝手に書けばいいと思った。
 どうしてもいやでたまらなくなったら、今いるSNSを退会すればいいだろう。
 なんとなく楽しいから、いるだけだ。
 こだわりはとくに、ない。

 一通り読むと、タバコに火を着け、コーヒーを啜る。
 落ち着くと、こちらを心配してメッセージをくれた知人に、心配無用の返信を書いて送った。
 この事がきっかけでSNSを退会するのでは、という心配をしてきた知人も少なからずいたので、とうぶんは退会しないよ、とも書いておいた。
 自分も経験があるが、いきなり知人が何の知らせもなく退会してしまうと、なぜかさみしく、物悲しいものだ。
 しかもこちらの場合は招待してくれた人だったから、よけいにそう思った。
 根がさみしがりやだから、そういう事はしたくないのだ。
 一時の感情にまかせて何かやれば、必ず後悔する。
 返信を済ませるとPCの電源を切って、寝床に入った。


 今日もSNSに、日記を書いている。
 うそは書いていないつもりだが、まったく本当のことも書いてはいない。
 というより、何が本当とかうそだとかは、ある程度どうでもよくなっている。
 読んでくれる、どこかの誰かのために、そして自分のために、ただ書いている。
 当分、離れられないだろう。
 そんな予感がする。


散文(批評随筆小説等) 日記 Copyright 日雇いくん◆hiyatQ6h0c 2006-05-20 22:39:56
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