浪人のアダージョ
ZUZU

むかし、俺に親切にしてくれた人がいた。
初めて入ったそば屋のおばちゃんだ。
俺は浪人生でひどく痩せていた。
まるで勉強ができなかったので、
ひとつも大学が受からなかった。
どうやっても勉強なんかできるわけがない。
どうして、十八や十九の俺たちに、
勉強なんかしている暇が、あるのか。
考える必要もないことだった。
俺は毎日うろつきまわった。
街をうろつきまわった。
本屋をうろつきまわった。
レコード屋をうろつきまわった。
脳みそから足が生えているようなものだった。
周りのやつらは大嫌いだった。
反吐が出そうに嫌いだった。
予備校の寮でソフトボール大会があった。
俺は呼ばれなかったので、
記念写真にも写っていない。
でもソフトボールはしたかった。
だが呼ばれなかった。
呼ばれなかった俺は、
街をうろつきまわった。
女とやりたかったかといえば、
やりたくなかった。
俺は童貞だったので、女がこわかった。
なので毎日オナニーをした。
オナニーのためにうろつきまわった。
よく野球を見に行った。
俺は阪急ブレーブスのファンだった。
川崎球場の肉うどんが好きだった。
何の話をしようとしたか忘れた。
ああそうだ、俺に親切にしてくれた人がいた。
俺はうどんが好きだった。
それで、そのそば屋に入った。
俺はひどく痩せていた。
腹が減るとなぜか星が見たくなって、
ときどきプラネタリウムに入った。
ずっと後になってから、
誰もいない地方のプラネタリウムで、
ペッティングをしたことがある。
でもそのときは俺は童貞だった。
満天の星もすべて偽者というわけだった。
俺はうろつきまわった。
頭のなかをうろつきまわった。
どこにも出口がないのであった。
だけどほんとうは、入り口の大きさを、
測り間違えているだけだったのだ。
本屋で俺のシャツはズボンに入ったままだったとおもう。
真面目な人々は、みなアイドル好きだった。
俺は人と違うと思い、
人と違うようにアイドルを愛したがった。
俺もそうした。
そしてアイドルではオナニーをしなかった。
だがその愛も挫折した。
ブレーブスも挫折した。
優勝はできなかった。
そうだ、そして、俺は、そば屋さんで、天丼かなんかを頼んだ。
べつにそんなに腹はすいていなかったはずだ。
いつも腹がすかなかった。
そしたら、そば屋の、おばさんが、
俺のことを、
かわいそうに、うんと食べなさい、みたいな目で、
天丼を、大盛りにしてくれた。
いいからいいから、サービスよ、と言った。
俺はどうしてそういう親切をするのか、
抗議したい気分だった。
親切にされたことのくるしさで、
これを全部食べなければ申し訳ないというプレッシャーで、
俺は結局、天丼を、ほとんど食べることができなかった。
お金をおいて、
逃げるように店を出た。
二度と、そのお店に行くことはできない。
俺は、いま、なんの話をしていようとしているのか、
頭が悪いせいで、よくわからない。
だが、昔、俺は、親切にしてもらったことは、
忘れないということを、たぶん言いたいのだと思う。
その年も、大学はみんな落ちた。
当たり前だったのだろう。







自由詩 浪人のアダージョ Copyright ZUZU 2006-05-14 18:35:30縦
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