グレート・ノベンバー 
長谷伸太

 ぼくは吉田太郎くんの髪の毛のうちの一本です。名前はありません。これから名前がつく予定もありません。名前をつける必要が無いからです。僕はもうすぐ抜けて落ちてどこかへ消えていきます。消えないとしたら、地球は動物の毛でふかふかしてあたたかいはずです。抜けて落ちる前に、グレート・ノベンバーという変わった名前を持ったやつの話をしようと思います。髪の毛の話なんか、と思うかもしれませんが、まあ、髪の毛の話です。軽く聞いてください。
 そいつは最初、名前を持っていませんでした。なぜなら必要が無かったからです。グレート・ノベンバーという素敵な名前を得たのは、そいつが太郎君に出会ったからです。太郎君は英語が大好きです。キュウリを食べるときに「キュウカンバア!!」と言ってみたり食器を手に持っては「イッツお皿」と言っています。太郎君は9歳です。そいつは十一月の二十三日にやってきました。だから太郎君はグレート・ノベンバーと名づけたのです。とてもいい名前なので、ちょっと羨ましくなってしまいます。
 出会いはまったくの偶然でした。太郎君は、あ、勿論僕も驚きました。冷たい風に僕はたたかれ、白いハリネズミの太陽の光が降り注ぐ朝七時のすすき野原、太郎くんの秘密基地でそいつを見つけました。学校へ行く前に忘れ物の帽子を取りに来た太郎君はうしろでカササと乾いた音を聞きました。ウサギかイタチがススキをゆらしたのだと思いました。たとえ捕まえられなくとも、その姿を何故か見てしまいたくなるものです。しかしススキを掻き分けた太郎君が見たものはまったく見たことの無いものでした。それは確かにイタチくらいの大きさでしたが、乳白色のいびつな形で、なんとなく手が二本足が日本はえており、饅頭のような頭には星型の目、豚の鼻、なんとなく笑った口がついていました。地べたに這いつくばってもぞもぞ動きながら「アー」とか「オヒョー」とか、そんなうめき声をあげているそいつを、太郎君は少しの間見つめ、そしてさっと拾い上げてランドセルに詰めました。
 それから太郎君はそれからちょうど一ヶ月、誰にも、勿論親にも内緒で、十二月の二十三日まで一緒に暮らしました。珍しい動物と言うのは人に見つかるとよくないめにあうものです。太郎君は本をよく読んでいたのでその事を良く知っていました。

ノベンバーは最初、言葉を喋りませんでした。ヒョーとか、変な声を出すだけでした。でも、ぼくらには犬や猫の鳴き方や顔で何が言いたいのかが分かるように、なんとなく言いたいことがわかるので、別に困ることはありませんでした。ノベンバーの「アヒョーウ」なんて声を聞いては、食べ物をあげたり、ホッカイロをあげたりするのです。またノベンバーにも太郎くんの言うことが分かっているようで、よく言うことを聞きました。
「お前は、どっからきたんだろうなあ?」
出会って二日目、太郎君はなんとなく語りかけました。不思議な生き物は、不思議なところから来るものです。もちろんノベンバーもそうだろうと、太郎君は思うわけです。太郎くんの部屋で一緒におやつのコンペイトウを食べていました。お父さんとお母さんは仕事です。お父さんは夜遅いし、お母さんは帰ってきてから大急ぎで洗い物や洗濯をして、明日のために早く寝なければならないので、家にいてもあまり見つかりません。
 「アッチーですよー」
ノベンバーは腕をあげて言いました。テレビを見たり、ランドセルに入って学校へ行ったりしているのを聞いて、言葉を覚えたのだそうです。
 「アッチーって上?空?空から、来たの」
 「とテーもとテーも遠い所ですよー・・・・・・」
太郎君は納得しました。
 「そっかあ。おまえ、宇宙から来たの。宇宙人かあ。」
 「うちゅー?」
ノベンバーは、いつもなんとなく口を笑わせています。少し首をかしげました。太郎君は一生けんめい説明します。
 「だから、ずぅっと上の、向こうのことだよ。空の上の月とか、太陽とか、星とかがあ
るんだろう。」
 「ホシ、ホシ、ホシはどこにでもあるでしょー。ここもホシである」
 「ちがうよ、おー、馬鹿。地球の上から来たのかって。」
 「ホッホッホ、私は、このホシの外から来たデースよ」
これを聞いて、太郎君は勝ち誇ったように言いました。
 「ああ、やっぱり宇宙人だ。言ったろ、さっきも宇宙人だって」
 「ウチュー人」
やっぱり首をかしげます。太郎君はノベンバーの先生なのです。
 「お前みたいな、宇宙に住んでいるやつのこと」
 「ああ、タロ君もウチュー人であるな」
 「それ、ちげーっだろ」
 「ウサギもカラスもウチュー人」
太郎君はあきれかえってしまいました。でも先生は生徒を見捨てないのです。
 「ちがうの。オレは宇宙人じゃなくて、人間なの。宇宙人じゃないの。カラスはカラス
なの。ウサギはウサギなの。宇宙人じゃないの、お馬鹿さんだね!」
ここで太郎君はクラスで一番頭が良くて嫌われている木下君の物まねをしました。少しいい気分になりました。ノベンバーは
 「ヒョー、みんな違う、ヒョー」
と、やっぱりなんとなく笑いながらつぶやいていました。


散文(批評随筆小説等) グレート・ノベンバー  Copyright 長谷伸太 2006-05-13 00:11:57
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