日曜日には坊主頭がお勧めです
カンチェルスキス




 便座泥棒という言葉はおれが今思いついた言葉だけど、そんなものを盗んでどうするんだろう。便座カバーを盗むんじゃなくて、あの馬蹄みたいな形をした便座オンリーを盗み走り去る泥棒。便座カバーを盗むんだったら簡単だ。自分のズボンを脱ぐように脱がせば済む。でも、便座カバーなんか盗んでどうするんだろう。木立を抜けたところの大邸宅で行われる仮面舞踏会に出席するためのおしゃれズボンとして履く、なんてことをしても、きっとタッパが足りないと思う。というか、いくら皆が奇抜なファッションで現れる仮面舞踏会でもズボンとしては見なされないだろう。澄ました顔で女狐仮面の美女をエスコートしてても、みんなから思われてるのはこういうことだ。
「たぶん、便座カバーだろ。あれは」
 隣で男にエスコートされてる美女すらこう思ってるに違いない。
「たぶん、便座カバーね」男の足元を見る。「歩きにくそうだし、パンティーみたいにくるくるになってちっちゃくなってる」
 本人だって自覚の上だ。
「ふふ。これは便座カバーだよ。便座 カバーだよ。一拍おいてみたがどうだ」
 しかし、便座カバーであることはわかってても、自分がすね毛丸出しであることには気づいてない。水色と白のストライプのおっきめのトランクス丸出しであることにも気づかない。むしろ、なんかスースーするけどまあいっかここは森ん中だし他所より気温が少し低めなんだろという程度の認識なのだ。舞踏会場に来ても、頭の中はいつオムライスが食べれるかでいっぱいだ。早く出てこねえかな、オムライス。ぶつぶつ呟いてる。畜生!オムライス食いてぇ早く出てきやがれ、オムライス!彼は仮面舞踏会場のことをオムライスが食える場所として認識していた。森の中のオムライス会場。彼にとってはアウェイの場所だが、気分的にはホームだった。好物のオムライスが食える場所だと思い込んでたから。そしてまもなく、ここがノンオムライス会場だということを彼は知ることになる。そこはマイコテが必須の広島風お好み焼き仮面舞踏会場だったのだ。
 彼はキャベツが大嫌いだった。ちなみに、なんか自分が虫になったような気がするからというのが、彼の弁明だ。



 便座を盗むのはきっと大変だ。ボルトか何かで固定されてるはずだ。それを力づくでバキッともいで、首のところにかけ、先割れ部分の両端を握り、オフィスビルのリノリウムの廊下を走り抜ける。国道の歩道を走りぬける。コンビニの前を走り抜ける。回転すし屋に立ち寄り、マグロを中心にいくつかつまんで、その後、パチンコ屋で一服しながら五千円スッて、まわりは別に珍しいものを見るという視線じゃない、ファッションにうるさいほんの少し『モードの人』なんだろうと思う程度でさっきまで自分が続けてた行動・意識を続けるだけだ、そして彼はアパートの階段をタンタンタンとのぼって部屋に戻ると、
「今日も働いたなァ」
 とつぶやき、首にかけてた便座を洋服掛けに掛ける。
他にもいくつも色とりどりの便座がぶら下がってる。彼のこれまでの戦果だ。爪の先みたいな箇所にそれぞれマジックで日付が記されている。例えば、「date 1999/3/3.場所、東京ドーム(は東京ドーム一個分)」というふうに。
 彼のささやかな夢は、海の見える芝生の公園で恋人と便座を投げ合うことだった。
「そぉーれー、ちゃんと取れよー」
「んんもう、もっとゆっくり投げてよー」
「ごめんごめん、もっとゆっくり投げるよー」
「うんうん、そうしてよー」
「ほら、これはどうだー」
「もっとゆっくりー」
「これならどーよー」
「うん、いい感じよー。そのままつづけてー」
「うん、そうするよー」
「うん、そうしてー」
「なあー、オレさー、おまえのことがー」
「なあにー」
「えーとー」
「続きを言ってー。あなたの言うこと知りたいのー」
「えーとー、つまりー、オレさー」
「んー、なあにー」
「おまえといっしょにいれてー」
「うんー」
「こうしてー」
「うんー」
「ゴールドマンサックス(注、彼独自の便座の名称)を投げ合えてー」
「うんー」
「こんなにしあわせなきぶんは今までなかったよー」
「わたしもー、ゴールドマンサックスちん(注、彼女独自の便座の名称)をあなたと投げ合えてー」
「うんー」
「すっごくしあわせだよー」
「オレもー」
 ここまで想像したところで、彼は電子レンジのチン!という音で現実に引き戻される。いいところだったのに、という思いを胸に、感情はやわらかいまま、彼は電子レンジの扉を開ける。というのも、彼を引き続き幸福な気分にさせるものがそこにあったからだ。彼の大好物である冷凍オムライス。いい感じで湯気が立ちのぼっていた。
 テーブルまで持ってきて、ケチャップをたっぷりかけ、スプーンをひとさじ入れ、第一弾を口に放り込むと、自然にほくそ笑んできた。面白くてしょうがないという表情だ。そして彼は、第二弾を口に運ぶ頃には、幸福の渦中、さきほどまでの想像の続きに熱中していたのだった。



 便座であれ、便座カバーであれ、何であれ、おれんちの便所は和式で、便座も、便座カバーもへったくれもない。しゃがんで、気合を入れて産み落とすだけだ。そして、産み落とさば流され、産み落としたものと顔を合わせることはもう二度とできないのだ。一度きりの面会。愛する者ならともかく、クソの話なら、もちろん、そっちのほうがいいに決まってる。








散文(批評随筆小説等) 日曜日には坊主頭がお勧めです Copyright カンチェルスキス 2004-02-13 15:14:54
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