やまびとの散文詩(一) 
前田ふむふむ

やまびとの散文詩・断片1

春の息吹が、空から地面から次々と芽吹いて、
美しい山々の栄光は、
わたしたちの赤い血液のように循環する貨幣と、
太陽の動きと星々を絶えず観察して、
それを文字や音楽に翻訳する男たちと、
顔の無い神の衣装を描く女たちによって、
齎されていた。
わたしたちは、一日のうち、明るいひかりが水色を帯びる
澄みきった朝をまどろみながら、山の恵みを食べて過ごした。
しかし、銀色をした大鳥が、空を跋扈し始めた午後から
青々とした山々が、擦れた金属音のこだまで蔽われて、
空が赤い水晶を散りばめたような夕暮れになると、
わたしたちは、満月の夜を検閲する海びとたちに、
夜空を覆う星々を汚す罪人として、
理由なき不当な扱いを受けて、囚われびとになったのだ。
海びとたちに、夜空の星々をみる自由を、
全て奪い取られた日に、わたしたちは、
海びとたちに強引に急き立てられて、
慌ただしく、眼が眩むほど峻険な黄砂の断崖を昇った。
それは、多くのものが途中で、墜落して、
手足から血が飛び散るほど凄惨極まりない登攀であり、
わたしたちは、わずかな者だけが、やっとの思いで昇りきると
広々とした断崖の頂きには、ところどころ、
燃えた廃墟の黒い煙が、立ちこめていて、
その一面の荒野に、不思議にも、
断崖で墜落したはずの数多くの仲間の死屍が、
横たわっているのである。
それを数羽の鴉が高笑いしながら、
空を舞っているのを眺めていると、
わたしたちは、つい、このあいだまで、
当たり前のように見ていたふるさとの美しい山々の風景が、
跡形も無く崩れ去り、
砂をかむようなもどかしい憤りを感じながら
溢れる涙を懸命にこらえていたのだった。
耐えられずに、わたしたちの娘が、号哭すると、
溢れる想いが、大地を伝い、荒々しく砂煙を上げて、
赤く染まった地平線にどよめき渡ってゆく。

やまびとの散文詩・断片2

わたしたちは、何も無い荒れ果てた荒野に、
留まることを恐れて
足の歩を一歩踏み出すと、そこに新たな道ができた。
更に、踏み出すと、道は次々とできていった。
それは、こころに詰まっていたものが、水のように溶けて
生きる希望を抱かせたが、それだからこそ、
旅をしなければならないという
無言の試練が与えられているということを、
わたしたちの誰もが、
否定することは、できなかったのだ。

やまびとの散文詩・断片3

わたしたちは、旅の途中で、不思議な村に泊まった。
それは、失語症の人たちの村だった。
誰もが何も語らず、また、誰もがその病に苦しんでいる
様子も無い。日常の生活は機械のように狂い無く
順調に進められている。
村の広場にある拡声器から、艶かしい流暢な若い女の声の
歌が流れているが、一日中、同じ曲が、厭きることなく
繰り返し流れている。
わたしたちは、その様子をみて、問いただすことを
あえてしなかったが、むしろ、問いただすことが
不自然なほど、彼らは幸福感に満ち満ちていた。
しかし、その背中には、あのふるさとの山々の
優しさは見えなかった。
俄かに、小走りにやって来る失語症の子供の手から、
赤々とした炎がともり、それをわたしたちに差し出すが
わたしたちの眼から涙がこぼれて、暖かい無垢の炎を
おもわず消してしまう。



                  続く。

          続きは、やまびとの散文詩(2)(3)で
                すでに掲載してあります。


自由詩 やまびとの散文詩(一)  Copyright 前田ふむふむ 2006-04-04 09:27:18
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