てのひらサンプル
木葉 揺
気がつけば部屋中掌だらけだった。私は小さ
なため息をつきながら場所を空けて座り、滞
っている作業を始めることにした。
遅ればせながら私も掌を買いかえることにし
たのだ。確かに飽きてきたという気持ちもあ
る。しかし好奇心は強くても冒険心は弱い。
サンプルを取り寄せては吟味し、いまいち納
得できずを繰り返しているうちにこの有様。
私の手の甲に合うものは意外にもたくさんあ
るのだが、どうやら私は生命線に引っかかっ
ているらしい。
一昔前は生命線の長いものが桁違いに高かっ
たが、最近は値が下がってきて、買い時と言
えば買い時。しかし「てのひら産業」を知ら
ない世代の祖父母以前は皆九十歳に到達して
いるし、おかげ様で両親も自前掌で元気そう
だ。
「先に死ぬのだけは許しません」
そんな母の口癖が響く。90代まで生きる家
系に一人「変り種」として生まれて、「無茶
して悔いの無い人生を」と思うものの、70
歳までは死ねないというプレッシャーもある。
あと感情線。私の感情線は強引な曲がり方を
している。なんか感情を押し殺す癖がここに
表れているような気がして、もっと素直なカ
ーブを無意識に探しているようだ。あまり一
直線な感情線も困るだろうし。
「なぁるほど。」
思わず声に出してしまった。つまり思うよう
に生きてこなかったんだな?それが「無茶し
て悔いの無い人生を」につながるわけか。
などと感心している場合ではない。私は数あ
るサンプルに紛れている「間違った掌の選び
方」というマニュアル本をパラパラとめくっ
たが、目眩がしてきたのですぐにポーンと放
り出した。
つい試験前の学生の気分でテレビをつける。
豪邸訪問番組はカリスマ手相占い師だった。
手相占い師の世界は今「手相は変わる派」と
「変わらない派」で対立している。もちろん
テレビの中、にこやかにアンティーク家具を
自慢している手相占い師は「変わらない派」。
「やれやれ・・・」
私は欠伸をするとゴロンと、たくさんの掌を
枕にして寝転んだ。掌によるトラブルもチラ
ホラ耳にする。そんなことを思い出すと力が
抜け、私は柔らかな眠りの世界に吸い込まれ
ていった。