エデン
クリ

詩集『カエルトコ』より: 4


 ●昨日

昨日
魔法の絨毯が とうとう
飛ばなくなった
だから 夢を語るまえに
真実を伝えなければいけない


 ●四月になれば、彼女は

読み返した文庫本の間から
四つ葉のクローバーが出てきた

あたりまえのように彼女を 思い出していた
彼女は草原では必ず
四つ葉のクローバーを探した

April
Come she will

「しあわせ」を探すの と言っては
いつまでも しゃがみ込んで
クローバーを選り分けていた
その向こうからときおり
魔法の絨毯が浮かび上がった
四つ葉のクローバーは時々見つかったけれど
「しあわせ」は 見つからなかった

カラカラになったクローバーの
一枚の葉が取れそうになっていた
僕はまたそれを 頁の間に挟み
文庫本を本棚に戻した
文庫本と 何かを 本棚に戻した

Four-leaf clover...
Our affair is over

本当はもう 「しあわせ」は
見つけていたんだよね
春になるまで しまっておいたんだよね

いつかまた 忘れた頁の間に 僕は
四つ葉のクローバーを見つけるだろうか
そして春になれば 四月になれば

April
Come she will

僕は 彼女が見つけたものと
見つけられなかったものを 知っている
でも自分が失ったものを 知らない


 ●今日/レトリカル・エデン

昨日
魔法の絨毯が とうとう
飛ばなくなった

真実を告げない機械が
流れて行ったものを投影する
雨の匂いを添えて
血の味を混じらせて

やりきれなさのゲルの海を
着衣のまま 泳ぐ 祈る
メタモルフォーゼがゼノフォービアを
誘発することなどなく
御国が打ち建てられますように

人は毎日少しずつ 賢くなっていき
毎日わずかに ロジックと感情のバランスを取り
ひとつずつ魔法を失う
楽園を韻文に見い出そうとして

「過ごせたかもしれない時間
 産まれていたはずの子供
 挟まれたままの四つ葉のクローバー
 飛ばなくなった魔法の絨毯」

予言する統計システムの預言するバグ
アポトーシスの道化士が落下する
アララトを越えて 織って
乳の川を渡り 海を分け 振り返り
知る 断ち切る

それでも人には まだ
帰るところがある
一縷の望みは
郷愁と似ている


 ●しゃぼん玉

産まれなかった僕の子供は
きっときっと
僕と彼女が一緒にいない理由を
神様に質問しているだろう
神様は困っているだろうか
きっときっと 子供は
寒くて 少し
かわいいゲロを吐いているのだろう

何と答えよう
もうすぐ彼と会ったときに
「もう 魔法の絨毯は飛ばないんだ
 もう 君のお母さんとは
 何年も話していないんだ
 君がお腹にいる間にでも
 いっぱいお話しを
 してあげてたらって思う
 四つ葉のクローバーが
 見つかったかどうか
 知らないんだ ごめんね」

もし君が産まれていたら
魔法の絨毯は
僕が両手を差し上げた高さだけ
宙に浮かんだだろう
ほらお口を拭こう
ほら背中をとんとん 叩いて上げよう
ダイジョウブ ダイジョウブ

世界と僕には あれから
数え切れないほど事件が起きたんだ
だからいっぱいお話しがしてあげられる
いやなお話しも半分はあるけどね
(君の名前も 実は 考えたんだ)
ああ 会わせたい人も 何人かいる

多分僕のほうが先に
君に会えるから
お話しを聞きながら
お母さんの来るのを待っていよう
そしてみんな一緒に
帰ろう


 ●明日

魔法の絨毯が とうとう
飛ばなくなった
それでも僕には まだ
帰るところがある
だから
産まれなかった者たちに
歩いて 会いに行こうと思う





ガルシア=マルケスと、この世界には産まれなかった子供に捧ぐ
Kuri, Kipple : 2001.10.07


自由詩 エデン Copyright クリ 2004-02-07 01:36:51
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カエルトコ