青年と老婆
服部 剛
誰から声をかけられるでもなく
彼は
日陰
(
ひかげ
)
を静かに歩む
足元に人知れずなびく草の囁きを聞きながら
上というわけでも
下というわけでもなく
只
(
ただ
)
彼は彼として
日陰の道を
往
(
ゆ
)
く
打ち
棄
(
す
)
てられた
襤褸布
(
ぼろきれ
)
のような老婆が
座って壁に貼りついて
幸せそうにうすら
哂
(
わら
)
いを浮かべていた
立ち止まった彼はポケットから
鞠
(
まり
)
を出し
老婆の胸へ投げた
薄汚れた着物の
袖
(
そで
)
から出たひたむきな細い手は
彼の胸をめがけてまっすぐ鞠を投げ返した
( 地を覆う影は退き
(
日向
(
ひなた
)
は何処までも路面に広がった
老婆は大事そうに鞠を入れた
懐
(
ふところ
)
から
べっこうの
飴玉
(
あめだま
)
をひとつ取り出し
彼に手渡した
懐かしい甘さを舌に乗せた彼は
老婆に手を振り 再び歩み始める
日向の路面にうっすらと足跡を
連
(
つら
)
ねて
人知れぬ明日へ
自由詩
青年と老婆
Copyright
服部 剛
2006-03-18 17:32:00
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