あの、手紙は
たりぽん(大理 奔)

浜辺に漂いついた瓶のように
ひとり暮らしの郵便受けに
届いた宛名違いの封筒は
丁寧な文字で
差出人の住所

きっと昔、この部屋に住んでいた
誰か宛の誰かの手紙
なにかの縁だろうと
不在を伝える便箋とともに
封書を送り返す

浜辺に打ち返す波に押されるように
その封筒は郵便受けに
宛先不明で戻ってきた
まるでこの住所に届きたかったのだと
いわんばかりに

差出人はこの手紙を出したあと
どこかに越したのだろうか
それを伝える手紙だったのだろうか
僕にはやるせない思いだけが残ったけど
手紙はこの部屋のものだろうと決めつけ
そのまま6畳一間の畳の下に隠し込む

そんなことも忘れて働きだし
もう何年もたった頃
年賀状のやりとりだけだったお節介な
大家から一通の封筒が届いた
そう、まるで返しては寄せる波に惑う
浜辺の瓶のような、あの手紙

いっそ封を切って
手紙の思いを遂げてやろうか
それとも

天井の灯りに封筒を透かしながら
ふと、届けに行こうと思った
この差出人の住所に行ってみようと

それは意外にも近い場所
地下鉄を一度乗り換えてたどり着く
その住所は巨大なショッピングモールで
たくさんの往来が
手紙のふるさとを埋め尽くしていた

 僕は途方にくれる行き先のない手紙

ビルの屋上の隅っこに作られた喫煙所の
ちっぽけな灰皿の上に手紙をちぎり捨て
そしてマッチで火をつける
薄っぺらな封筒は
宛名も差出名も
手紙が伝えたかった文字とともに
ちっぽけな空
薄煙になって立ち上っていく

吸わない煙草に火をつけて
ふと思う

もしかするとあの手紙は
郵便受けの暗闇からやってきて
立ち上る煙のような淋しさと
届かない想い悲しさを
僕に、届けにきたのかも
知れないと





自由詩 あの、手紙は Copyright たりぽん(大理 奔) 2006-03-12 00:29:27
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