空白の呼び声
服部 剛

団地の掲示板に 
吊り下げられたままの 
忘れ物の手袋 

歩道に
転がったままの
棄てられた長靴 

たなに放りこまれたまま
ガラスケースの中に座っている
うす汚れた赤毛の少女のぬいぐるみ

長い間
忘れられたものたちは
放置された夜の中で独り 
幸福だった日々を夢に見ている 

畑の土に霜柱の立つ冬の朝
ジャンパーのポケットから取り出され
出勤する人の冷えた手を包み
かじかみをほぐすよう
北風から守って暖めた日々を 

玄関の外から雨音が聞こえて来る朝 
身を潜めていた下駄箱の扉が開かれ
すっぽりと人の足を覆い 
うすい水溜りを踏む足が濡れぬよう
降りしきる雨粒をはじいた日々を 

実家を離れた娘が子供だった頃
楓の両手に抱かれ
一緒にはしゃいで遊んだ日々を

全ての忘れ去られたものたちは
過ぎ去った日々の空白に浮かび 
音の無い声で誰かを呼んでいる 





自由詩 空白の呼び声 Copyright 服部 剛 2006-03-08 19:07:53
notebook Home