空白の呼び声
服部 剛
団地の掲示板に
吊り下げられたままの
忘れ物の手袋
歩道に
転がったままの
棄てられた長靴
棚に放りこまれたまま
ガラスケースの中に座っている
うす汚れた赤毛の少女のぬいぐるみ
長い間
忘れられたものたちは
放置された夜の中で独り
幸福だった日々を夢に見ている
畑の土に霜柱の立つ冬の朝
ジャンパーのポケットから取り出され
出勤する人の冷えた手を包み
かじかみをほぐすよう
北風から守って暖めた日々を
玄関の外から雨音が聞こえて来る朝
身を潜めていた下駄箱の扉が開かれ
すっぽりと人の足を覆い
うすい水溜りを踏む足が濡れぬよう
降りしきる雨粒を弾いた日々を
実家を離れた娘が子供だった頃
楓の両手に抱かれ
一緒にはしゃいで遊んだ日々を
全ての忘れ去られたものたちは
過ぎ去った日々の空白に浮かび
音の無い声で誰かを呼んでいる