「再生」(novel)
とうどうせいら
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覚えている中で一番古いのは、あの頃のこと。
あの人は確かにいたのだ、私の腕の中に。
美しい娘だった。白亜の城に住む、姫君。二十歳になったら国を継ぎ、女王として世を治めることを約束されていた。
あの白磁のまぶたを閉じて、彼女は泣いたのだ。
――何故、別れなくてはならないの。同じ人間なのに。何故あなたが死ななくてはならないの。こんなに、あなたを愛しているのに!
身分違い。臣下の身である私と、姫の恋仲が暴露され、私には死刑の判決が下った。刑の執行前夜、あの人は私にすがりついて涙を流した。
何と言ってよいか分からなかった。ただ、彼女が泣けば泣くほど、胸が締め付けられるような感情が起こった。
――いつか、また会いにゆきます。戻ってきます。いつかまた――。
***
次の夢はいつだったろうか。
私は風を切って飛んだ。ふわりふわり、と羽ばたくと、私の白い羽に、金粉が散ったように陽光が踊った。
私はテラスのプランターの上へ、そっと降りた。サルビアの蜜に、ほどいた口吻で、キスをした。
――蝶が来ていますよ、もう春ですね。
――春なんて……今更、意味のないことだわ。
女達の声がして、私は声の主を見た。ベッドの上に青白い顔の女が寝ていた。
給仕の女は、窓を開けて、四角いプランターを持ち上げた。
私は驚いて舞い上がった。
空高く飛ぶ内に、ガラス越し、ベッドの女の影が見えた。
少し笑ったような気がした。
私はそれで満足した。
***
その日は雪だった。
私はその前日、ふっくらと蕾を開いた。途端、ぷつ、と切られた。一晩車に乗せられて、投げ込まれたのは白い箱の中だった。
――痛々しい。
――恋の病だったのですね、あの男が死んで以来、日に日に弱っていくばかりで。
――どうしようもなかった。
――こんなにお若いのに。
人の声がした。私は自分の投げ込まれた箱が、棺だというのを知った。黒ずくめの参列者の中、棺の中の女性は、眠ったように死んでいた。
私は女性の胸の上に飾られたまま、降ってくる雪を見ていた。組まれた指先は細く、柔らかかった。けれども随分痩せていた。
――姫様はこのバラの花が好きだったから――。
声が聞こえた。
ふたが閉まって、雪景色は白い帯のように細くなり、やがて、黒い闇に消えた。
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「驚いた、前世の記憶なんてほんとにわかるのね」
「でも、全然あてにならないよ、占い師の言うことなんか」
秋の日の公園。ベンチに座っている男性と女性。
「意外と当たってるかもしれないよー。ロマンチックね。悲恋物語で」
「そういうの、女って好きだよな」
「何よ」
「別に……」
風になびいた女の髪、男は指先で遊んで。
「俺は今幸せならそれでいいわけだし」
男は低い声で笑って、手を取るとベンチから女を立たせた。
帰り道、二人は手をつないで歩いた。
「来世は恋の病で死にたくないな」
「私こそ、今度は死刑台になんて上がりたくないわよ」
二人は笑って、それから女は、男の横顔を盗み見た。こうして二人でいるだけで、胸が不思議と温かかった。
お互い、何と言えばいいか分からなかった。でも多分それが、愛しさというものだった。
* つないだ手の内側で、二人は三百年前の記憶を憶えていた。
Fin.
散文(批評随筆小説等)
「再生」(novel)
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とうどうせいら
2006-02-26 18:51:01
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