ハードボイルドエッグ2&シャワー1
カンチェルスキス



 工事現場の
 オレンジと黒の看板の上で
 蛇のように這った赤のランプが
 入れ替わり
 点滅してた
 土の山に停まったショベルカーが
 深呼吸して
 街の明かりはほとんど
 消えていた



 
 真っ暗な高架の下
 車の音も聞こえなくなって
 頬には鈍い切れ味の寒さ
 信号もない横断歩道を
 おれは渡っていった
 コンビニ前でたむろしてる
 やつらの声だけ
 ヤケ気味に明るかった




 おれのプーマの靴底は
 でこぼこがすり減って 
 平らになってた
 雨の日のマンホールに滑って
 地面で手のひらを擦りむいた
 尻もちをつかなかったことだけに
 満足して
 拾い上げた傘の下で
 砂利まじりの擦り傷を見て
 おれは苦笑した




 靴を履き替えないのは
 金がないせいじゃない
 愛着のせいじゃない
 靴を買う金はあったのに
 買えなかった
 気に入る靴などなかった
 何もかも面倒だった
 考えるだけで
 うんざりしてきた
 おれの生活の全部が
 そんな具合だった




 幅の狭いドブ川には
 水が流れてなくて
 雨の日になると
 ドブ川になり
 そうでないときは
 ドブ川ですらなかった
 よどみ歪んだ太陽さえ
 映す余裕がなかった
 小さな自動車修理工場の
 白の雑種が
 犬小屋の前で
 尻尾を自分に巻きつけて
 眠ってた
 そいつはいつも
 悲しい顔をしてた




 ここ数年間の生活を通して
 自分のものにできたのは
 ため息のように洩らす
 苦笑ぐらいなもんだった




 殺しが生まれりゃいいのに 
 そんな気配もない
 のんきな路地裏に
 一歩入ったら
 コンビニのバカ騒ぎも
 聞こえなくなった
 水に潜ったみたいに
 まるでここがそれの
 境界線のように




 おれが水に潜ってるのか
 おれ以外のものが
 水に潜ったのか




 角の反射鏡が
 沈黙したまま
 暗闇を映し込んでいた
 履きつぶしたプーマは
 歩くたびに踵が擦れて
 キュッキュッという音を響かせた
 この世には自分しかいなくなったような気がした
 眠り静まった民家の屋根の向こうで
 ファミレスの黄色が
 規則的に回転していた




 おれに必要なのは
 新しい靴に履き替えることかもしれなかった
 でもそれよりおれが考えたのは
 部屋に戻ってから食べる
 固めのゆで卵2個と
 頭から浴びる
 熱いシャワーのことだった。
 




自由詩 ハードボイルドエッグ2&シャワー1 Copyright カンチェルスキス 2004-02-02 14:37:08縦
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