ひつじの夢
紫翠

トイレの前にはいつも長い行列ができ
ひつじの仕事はその行列をうまくさばくことだった

けれど だれもひつじを見ていない
ひつじは アイピローのようにうすっぺらで小さく 
とても背が低いため、 トイレに並ぶ人たちは、
しばしば気づかないで 踏んだりするのだ

だから、ひつじは、泣きそうな顔で仕事をこなしている

しかし、あるときひつじに転機がおとずれる
ひつじは前足で、きゅっと顔をぬぐった
それだけだった
そして、みちがえるほど勇ましい顔つきになったのだ

「スキッとした?」
ときいたわたしに、
ひつじは
「うん!すきっとした!」
と答えると、自分のしごとにもどっていった

わたしのしごとは
ミクロの世界を顕微鏡でのぞくことだ
ムカデやゲジに蹴飛ばされ、
踏まれるちいさい ある虫は
ときどき 小さい前脚できゅっと顔をぬぐうのだ

そんなとき

世界のどこかでがんばっている
アイピローのような羊の
泣きそうな顔をおもいだす
勇ましい顔を おもいだす



自由詩 ひつじの夢 Copyright 紫翠 2006-02-21 20:57:01
notebook Home 戻る  過去 未来