猿精
田代深子



鉄柵に囲われた駐車場
夜の水溜まりより黒い わだかまり
うごめい たようだ 眉根しかめ眼を
夜より黒い水溜まり よりもっと
濁りまじる ぬらり 猫背のましら
互い気づかれ アスファルトにすりついて
出会ったからには 眼をそらしては
長くねじれた腕が いびつな胴と
頭をひきずり 鉄柵に寄ろうとする
来るな! ましらは止まり水を吐く

  おまえのつれあいは
  おまえのせいで
  みなに責められ耳かされず
  仕事はとりあげられ
  おまえと一緒に路頭に迷う
  みなしていることであるのに
  おまえのつれあいだけが
  責められ傷められる
  みながおまえたちを嫌い嘲る
  絶対にそうなる

ましらは痰の からんだ喉で
こちらを見 ず猫背より丸く折れ
腕を 長くねじらせ吐き こぼす
夜よりも黒く濁る 水と一緒に
抱える桶を 鉄柵ごし投げつけた
桶に張った水 と鯉を駐車場に
打ちつけ 桶はましらの尾に当たっ
たようだ 啼! ましら 啼々と

出会ったからには
眼をそらしては

  その鯉を
  おまえにやろう
  代わりにおまえ
  うちにおいで
  おまえに
  羽入りの絹布団
  青磁の皿をやろう
  ほぐした魚を
  毎日盛って

ましらの猫背は ますます丸く
長い腕と鯉を巻きこんで丸く 尾だけ
くねる 水すする音しばし膨れ萎んで
小さく丸く 濡れそぼった猫と なり
鉄柵をすり抜け来て 足にすりついて

  魚はほぐさなくてよろしい

ましら猫を抱え 夜より黒い水溜まりを
蹴って 水しぶきたてて 駆け帰る





2006.2.19


自由詩 猿精 Copyright 田代深子 2006-02-19 20:21:29縦
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