地球かゆい
角田寿星


頭かゆいんですよう 鹿野センセと差し向い
鹿野センセは禿げてて中年で少しだけセクシーなきらきら瞳の脳外科医で
頭かゆいのにどうして脳外科なのかというと
そんなら鹿野センセがいいわようピコピコ という
君の熱烈な推薦をいただいたからなのだが
「なに 頭かゆい ならば手術しなければ ぜひしましょう」
ちょっと待ってくれ どーして頭かゆくて手術やねん と反論するヒマもなく
鹿野センセがおもむろに取り出したトンカチで
ピンピキ パカーン! 俺は気を失った

「手術は大成功でぇす」
ちょっ ちょいと なんで勝手に手術しとるねん
「『かゆくないチップ』埋めときましたよー」
丸刈りにされた俺の頭頂部には 親指大くらいの硬い突起が新たにできていて
センセ チップてもう少し薄いんと違いますかー 出っぱってますよ これ
「あぶなかったです 手遅れになるとこでした」
いや 頭かゆくてどーして手遅れに あーあ 変なモン埋め込みやがって
「頭は1週間は洗わないでねー その後はチップ専用のコレでシャンプーしてねー
 お願ーいしまーすびょーんん」
オッさん!!これ!!「おクルマ用洗剤」て書いてあるやないか!!!
「おだぁいじぃにぃぃぃ どおぅぅぞぉぉぉぉぉ」
鹿野センセはセクシーに瞳をきらきらさせて
(オッさん 眼が死んでないのはいいことやで)
クラゲのようにゆらゆら揺れてるこっぱげ野郎で
なんか赤塚不二夫と話をしてるような気分になって
かなしくなって 会計をすませて帰った

というわけで俺は頭のかゆみを克服したのだったが
チップは体に対する異物なわけであるから当然なんらかの副作用がある
俺の場合は まず
頭頂部をかるく押すと
ぴよぉーーん と笛のような音が鳴るようになった
君はそれを ひとりテルミン と名付けて歓んだ
朝 目がさめると 君が俺の頭をおもちゃにして
伴奏つきで「あめふり りんちゃん」なんか唄ってる
それはそれでかわいいんだが 頭は叩かれると痛いのでやっぱりやめてくれ

次には 俺は「マツケンサンバ2」が完璧に踊れるようになった
軽やかなサンバのステップは俺の両脚に完全になじんだ
俺は歌が下手クソなので ダンスの披露の場がないのが残念ではあるが
バイト先で パートのおばはんたちにさりげなく自慢したところ
なんと集計の結果
おばはんの85%が「マツケンサンバ2」を完璧にこなせることが判明した
しかも『かゆくないチップ』なし でだ なんでだ
俺は驚愕の事実を びっくりした時にメモする「びっくりしたメモ帳」に
克明に記録した

それから いや おかしなヤツだなんて思わんでくれ 実は な
犬とか猫とかと話ができるようになった
それは君が夢みてたような面白いことではなかったよ 残念だが
たとえば うちの猫 イノセントミルハウザー14世が
「めし」「ねる」「かゆい」しか言わないハードボイルド野郎とは知らんかったし
あと あん時は最悪だった 君の友だちが連れてきたシーズー
発情期のメス犬が あんなこと言うとは思わんかった
君の友だち な あれ絶対エッチなマンガ読んでるで

木とも 話をした
悠久の時のながれ っていうのかな
返事がかえってくるのに四時間二十分を要した

地球の声がきこえるようになったのはそれから間もなくだった
「かゆい」 ん? 「あーかゆい」
「そこやない あー もそっと上 かいてくれえ」
地球むちゃくちゃ痒がっとるやん
そうだな お前の上で なんや判らんものが何千億もうようよ動いとるし
お前のあちこちで 掘ったり突き刺したり爆発させたり しんどいわな
いくら痒くても腕がないので掻くこともままならない地球の身の上を
俺は心の底から不憫に思った
そして知らず知らずのうちに
携帯のメモリー 鹿野センセのホットラインを
ポチッとな と押したんだ
「なにぃ チタマかゆいぃぃ! しゅじゅちゅ しゅじゅちゅうぅぅぅぅ」
(フェイドアウト というより 驚いた俺が携帯を落っことしたのだが)

あれから 鹿野センセとこは 休診の札がさがったままで
どうやらチタマ専用『かゆくないチップ』を不眠不休で鋭意製作中らしい
あんなこわれたオッさんに地球の命運が託されるのかと思うと
うすら寒いものを感じるのだが
今までよりは マシになるような気もするから不思議なもんだ
もうすぐだ 地球 かゆくない
かゆくないから
安らかに眠れ


自由詩 地球かゆい Copyright 角田寿星 2006-02-16 23:36:35
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