髪を切る日
ベンジャミン

髪を切ろうと決めたのは
特に心境の変化があったからではないけれど


肩までのびた髪を両手でまとめながら
記憶をほどいてみればさかのぼるほど
やけにたくさんの思い出が
ちらついてしまいます

まだこの髪が
風になびくほどでもなかった頃
糸の切れた凧が電線にからまるように
動けない身体を引きずっていたのは
半年も前

ただ生きてさえいればいいと
思えるようになるまでは
自分の在り様を言葉の中に投げ込んで
束の間の許しを願う
毎日でした

まだ桜も咲かぬ公園で
小さなつぼみの先を眺めては
その花色を思うけれど

同じ頃
自分はどうしているかと思えば
恐ろしくてしかたがなかったことを
覚えています

ただ歳月というものは
黙っていても流れてゆくもので
あれからとうに桜も散って
つつじも散って
冬のさなかになりました

髪をかきあげてみれば
指のすき間からこぼれるその
重さがわかるほどに
流れた時の多さを知らせています


髪を切ろうと決めたのは
特に心境の変化があったからではないけれど


短くすればその分だけ
少し身軽になれはしないかと



鏡の中に問いかけています
   

          
     


自由詩 髪を切る日 Copyright ベンジャミン 2006-02-09 02:16:07
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