死神と私 −蒼い電車−
蒸発王

“電車に乗る時は”
“なるべく人の多い車両にのりなさい”
“蒼い電車に出会ってはいけませんよ”



口うるさく喚く死神を後に
私はドアを閉めました


名付け親の死神は時々どうしようもなく過保護です
先だって

今日は遅くなります と

爪を切る背中に断ったところ
驚きすぎて表情が消えてしまったようです
手元が狂って爪切りで親指を切ったようですが
そんなことも気にせずワキワキと手を動かしてとりみだしました
知らぬ顔で買った切符を確かめたら
其れを見た死神が電車でいくのかとせっついてきました
むしょうにむっとして頷くと


電車に乗る時は
なるべく人の多い車両にのりなさい
蒼い電車に出会ってはいけませんよ


何回も言い出したのです


意味が分からないのは毎度のことなので
無視して部屋を出てきました




帰路

身体が粉々に砕けてしまいそうな
寒い
深夜です
私の乗った最後の橙色の快速電車が
光線のように夜の闇を切り裂いて走ります
夜の長い腕も列車の速さに負けてすり抜けて行きます
車両には人が少なく
私の他に酔っ払った中年サラリーマンが寝言を言っています


こおこお と冬の微粒子と列車のこすれる音に
窓の外を見ると
対向レールにぴったりとくっついて蒼い電車が走っていました
車体も車輪も窓も全て
海のように真っ青な電車です
怜悧な蒼に殺された冬の風が怒りにいきまき
蒼い窓にこびり付いています
其の
蒼い窓の奥が見えました
誰か居るようですがぼやけて見えません


蒼い電車に出会ってはいけませんよ


死神の言葉を思い出してあわてて目をそらすと
先刻の酔っ払いが窓にへばりついて泣いています
そして
酔っ払いが泣きついた橙の列車の窓と
蒼い列車の窓が繋がり
流れてきた蒼い霧が娘の形を作ると
酔っ払いは消えていました
思わず蒼い窓の奥を見ると
酔っ払いは幸せそうに娘と並び眠っています

その時私は気が付いたのです

窓の向こうに先刻ぼやけて見えた人は
もう顔も覚えていない
死んでしまった両親だったと




やがて蒼い電車は消え
橙の電車は終着駅に着きました



電車を下りると
死神がいました
何時から居たのか鼻水をすすって見苦しい姿です

ああして
時々人は亡き人の思い出に惹かれて
向こう側へ行ってしまうそうです
私は両親の思い出が薄かったから無事だったのでしょう
死神は私の顔を見て安心したのか
少し泣きそうな顔をしていました


親の顔も覚えていない私ですが
この時の死神の顔は忘れたくないと思いました
とりあえず
鼻水をたらした死神にティッシュを渡すと

死神はティッシュの下からくぐもった声で


蒼い電車に出会ってはいけませんよ


と呟きました








自由詩 死神と私 −蒼い電車− Copyright 蒸発王 2006-02-07 17:30:03
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死神と私(完結)