おけら街道
田代深子



叶いっこないと言いきかされて育った期待が破れんばかりの心臓をおさえつけ
明滅する。おまえなんかいないほうがいいのだと言い聞かせて育てた期待が、
かじりつこうとしている一〇〇〇円ばかりの分け前。額は肝心じゃない、俺の
身代だとフェンスの前で震え待っている。もはや無いも同然の着差に順をつけ
る掲示板、あんなもんは如何様だ予定調和だとなじりながらおびえ、誰もアテ
にはならない誰にも助けは求めないとつぶやきながら肩で息している。

おっかさん、おっかさんは芽生えてくる期待を摘んでは捨てていた。親父が新
聞片手に俺を引っぱって日曜の朝から握り飯と小瓶に焼酎仕込み勇んで行くの
を送るたびに。

干涸らびかけた期待が分け前を欲しがっている、掲示板に跪かんばかりに願っ
ている、そのくらい報われたっていいじゃないかとせがんでいる。俺は止めろ
と歯を食いしばる。一〇〇〇円ばかりの分け前に縋りついて、俺がおまえが浮
かばれるものか。思い出せ、おっかさんはすごかった。親父の財布が空になっ
て日曜の夕刻を迎えるたび、鰺を刺身におろしてビールの瓶を膳に置いた。お
まえなんかいなければ、俺はあのひとの息子のままで。

掲示板に明滅する番号のどっちが上でどっちが下で、着順をつけられるのは俺
たちじゃなくて力づくの奴らで、その尻っぺたに張りついて一〇〇〇円ばかり
の分け前を貰おうとしている。それが悪いか、金を出すのは俺たちだ、俺たち
が俺たちの真摯さに見あう褒美を貰うのが、なんで惨めなことなんだ、と期待
は呻るが目は掲示板をちらちらとしか見ることができない。そんな惨めな期待
を育てたのは俺だった。

明滅は、いつまで続くわけじゃない、こんなことは長くは続かない。おっかさ
んが鰺を三枚におろして腹わたと一緒に期待を捨てちまったように、空っぽの
目ん玉になって掲示板を見てみろ。最後の期待の細い声は、ぴたりと止まった
数字が引っこ抜いてしまうだろう。俺はおっかさんの息子にもどる。日曜の夕
刻、両手を空にかざしたら尻ポケットにつっこんで、歩いて帰る。




2006.2.5


自由詩 おけら街道 Copyright 田代深子 2006-02-05 20:22:46
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