街の物語
アンテ

                                 (喪失の物語)


とにかく踏んだり蹴ったりの一日だった
街のすべてが彼女を潰そうとし
行動を否定し足元をすくい莫迦にし裏切った
金輪際こんな街で暮らしていたくなかった
早足で歩くうち
彼女は違和感を覚えて周囲を見渡した
歩き慣れた通りのはずなのに
いつもの家並みや商店街が見あたらず
ふと足もとを見ると
宝石箱くらいの小さな建物がならんでいた
けれど作り物ではない証拠に
住人たちも小さくなっていて
彼女に踏みつぶされまいと右往左往していた
地形を頼りに帰り着くと
彼女の家も例外ではなく
玄関を指で開けようとして
勢い余って家ごと潰してしまった
たった一つの居場所を失って
行き場のない怒りを持てあましていると
近所の人たちが出てきて
彼女を指さして口々になにかを叫んだ
ますます腹が立って
辺りかまわず踏みつぶして歩きながら
あれこれ考えてみたが
街全体が小さくなる理由など思いつかなかった
気がつくと彼女は街の中心にいて
巨大なビルの前で立ち止まった
それはひときわ突出して高く
陸の彼方まで見渡せると評判だったが
今や彼女の胸の高さしかなかった
潰してしまうのはさすがに思いとどまって
ビル全体を観察するうち
一番高いところに
ちょうど鍵穴くらいの穴があることに気づいた
試しに家の鍵を差し込んで回すと
勢いよくビルの屋上が開いた
中には更にひとまわり小さな街があって
ミニチュアではない証拠に
粉粒ほどの人たちが暮らしていた
街の中心には同じようにビルが建っていて
同じように開いた屋上のなかを
不自然なサイズの少女が覗き込んでいた
彼女は手を伸ばして
少女を指でつまんで持ち上げて顔を確かめた
少女は彼女にとてもよく似ていたが
なにかが決定的に違っていた
その時突然彼女は強い力に掴まれて
身体が宙に浮いた
驚いた拍子に手を放し
少女を彼女の住む街に落としてしまった
彼女の身体は上昇しつづけ
街はどんどん遠ざかっていった
彼女は必死に叫んだが
なにも彼女を引き止めようとはしなかった




自由詩 街の物語 Copyright アンテ 2006-02-04 07:11:33
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