ある日の夢 〜鎌倉の寺へ〜
服部 剛
鎌倉駅の通路の壁に
寺へと続く石段の写真が展示されていた
門の向こう側の境内には
不思議な光が満ちあふれ
そっと上げた足先を写真に入れると
体ごと吸い込まれた僕は
気が付くと
石段の下に立ち
寺の門を見上げていた
木々の葉が静かにざわめき
天気雨が降り始めた
濡れた石段を上ると
左手の木立の奥に立ち
無言でにっこり呼びかける仏像は
左手に
碧
(
あお
)
く光る
御霊
(
みたま
)
を乗せていた
霧雨の淡い光の中 門をくぐる
寺の裏側に行くと
草の茂みにひっそりと
詩人の墓石が立っており
傍らに並ぶ岩に刻まれた二行の碑文
「 無数の紅いもみじの手のひらは秋風に踊り
高く澄んだ空を今日も讃えている 」
天気雨に降られながら傘も無く墓前にしゃがみ
瞳を閉じて手を合わせる
強まる風雨に草々が騒ぎ出し
戻ろうと背を向ける
細い柱の上に郵便受けの木箱があり
小さい扉を開くと
墓石の下に眠る詩人が
四十年前に書き遺した
古びた詩集が置かれていた
項を開くと
一編の詩に描かれた情景は
入院した深夜の個室
自らの死を悟った頬のこけた詩人は
入院した日の電車の窓の外に見た
意気揚々と職場へと向かって橋を渡る若者達を
暗闇の天井に想い浮かべ
目を細めていた
項を閉じて
詩集を郵便受けの木箱に入れる
昨夜
綴
(
つづ
)
った手紙を表紙の上に置いて
そっと小さい扉を閉める
寺の裏から境内に戻ると
天気雨はいつの間に上がっていた
夕暮れの空にうっすらと現れた虹は
見渡す鎌倉の山々の上に橋を架けた
門をくぐると
石段の下から
はしゃぎ声を響かせる子供達が上って来る
幼き頃の私が
大人の私に気付かずに
風のように
通り過ぎて行った
自由詩
ある日の夢 〜鎌倉の寺へ〜
Copyright
服部 剛
2006-02-02 01:19:12
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