チカテツの日
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その日
チカテツが「おかわり」と言ったので
駅員さんはバケツいっぱいの鬱憤をチカテツに与えた
そうやって今日が特別だってことを体に教える
チカテツは震えながらそれを
お腹いっぱい食べた
僕は
満腹のチカテツを見ながら
プラスチックのベンチに座って
なにかをごくごく飲んでる
わずかに乾いた空気のすきま
そっとチカテツに話しかける
短い安全地帯
ぺったりとした向こう側
窮屈そうに荷物を置く
カップのストローをいい角度にしようと夢中
そんな女の子たちはみんな、排水溝みたいな目をしてる
ずっと奥のほう
暗い暗い下水道に
覗きこんだ男の子たちを根こそぎ収容してしまう
ゴミ箱からはみだした新聞には
企業戦士が今日も6人殺しました!と大きな見出しがあって
その下にはレッサーパンダの双子出産の記事がある
もちろんすごく可愛い
いのちを8つ紙の上に並べて
チカテツがゆっくりそれを均していった
駅!
一歩そとに出ればそこは野宿の聖地だ
平均36.5度の構内はあまりにもたくさんの魂を右から左に流して
神様は絶滅したかのような
みんなそんな顔で
(チカテツ、君に神様はいるかい?
祈り恨むような神様はいるのかい?)
みんな生まれました
みんな生まれました
それが今日のチカテツの発車ベル
鉄道オタクたちがいっせいに
カメラのフラッシュをぶっ放す
(二番線、みんな生まれました)
ずっと黙ったまんまで
祝ってもらうのを待ってる
ケーキがないのは当たり前だったし
駆け寄る友達はみんな轢いてしまった
君はうらやましそうにいつも
いつも
いつも
河川敷の高架橋から
サッカーする子供たちを見てたね
だけどシュートを決めればキーパーを轢いてしまうから
お母さんに叱られちゃって
何人かのふやけた顔の人たちが
チカテツに向かってくる
誕生日、母親に生まれてしまった人たち
神様がいたころはなんでもアーメンでケリがついた
いま絶望詰め合わせセットをお土産に
新しいおうちへ帰る
もうここには太陽はない
かわりに
どこかの誰かを慰める名無しさんのために
接続が人ごとのように用意されてる
まったく出会わずにぶつかり合うのに
僕たちはいつだって
手をつないだつもりでいたんだ
ただチカテツは
やっと来た友達を嬉しそうに抱きしめる
ハッピーバースデー、幸せな誕生日
ハッピー
ハッピーって叫ぶ
歌も歌うよ
みんな生まれました
発車するよ
おいで!
ハッピーバースデー、チカテツ!
終点で折り返し君は後進する
誰もいない線路で
たったひとりで光にあふれ
影を失った
女の子たちは華やかに笑い続けて
僕たちは時速70キロのなかで
お祝いに巻かれたお喋りのなかで
一番線みんな生まれました
浅草行きみんな生まれました
二番線みんな生まれました
三番線みんな生まれました
渋谷行きみんな生まれました
中目黒行きみんな生まれました
常磐線直通みんな生まれました
光の屑の中で
あらゆるたったひとりになる
ハッピーバースデー
大きく
手を振るしぐさ
それは車掌の動きにも似ている
そのまま
深く息を吸い込むと
体の中に座席ができる
つり革がゆっくり広がっていく
それはまさに波紋みたいな感じだ
僕の中に一本の営団線が通る
僕の中に駅長室ができる
僕の中にキヨスクが建つ
たったひとりに切り離され
胸いっぱいのチカテツに
僕たちは
影を失う
僕は手を振る!
真っ暗闇に向かって
とても敬意を込めて
帽子を脱ぐのも忘れちゃいけない
たとえば名前が消えていく
僕は手を振る
次の駅へ
チカテツ