鰐と谷川俊太郎
岡部淳太郎

(何ひとつ書くことはない)
あなたの存在そのものが
詩であり 世界であるからだ

鰐が天井にはりついて僕等を見下ろしている

それもまた
ひとつの世界だ

あなたは僕の父親と同じ歳で
それが僕にはとても奇妙なことに思われて
あの夜 あなたと僕等が
同じ鰐の腹の中にいたということも
素晴らしいくらいに奇妙なことに思われて

世界は鰐の顎と同じ強さで
僕等を噛み砕くことが出来るが
あなたはそれに対抗しうるもうひとつの世界として
背筋を伸ばして立っている

たに かわ しゅん たろう

あなたにはひとつの濁音もない
この世界が無数の濁音で満たされていることへの
無言の抗議であるかのように
あなたの音はどこまでも静謐だ

(何ひとつ書くことはない)
言葉は書くよりも先に 歌となって
あなたの口腔から迸り出るからだ

輪になって
鰐になって
この世界を
噛み砕いてやろう

かっぱ
らっぱ
なっぱ
ぜんぶかっぱらって

鰐の口の中に放りこめ!



(注)「(何ひとつ書くことはない)」は、谷川俊太郎の「鳥羽1」から。「かっぱ/らっぱ/なっぱ/ぜんぶかっぱらって」は、谷川俊太郎の「かっぱ」を元にアレンジを施した。


(二〇〇六年一月十四日「俊読」)


自由詩 鰐と谷川俊太郎 Copyright 岡部淳太郎 2006-01-15 13:27:41
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