翼人の子サフィ
イオ
「つまんないの」
足元の小石を軽く蹴りながらサフィはつぶやきました。
小石はぽちゃんと音を立てて、サフィの目の前の湖に沈みました。
サフィはひとりぼっちでした。
友達はみな背中に真っ白な翼を持っていて、
自由に青い空を飛びまわっているのですが、
サフィの背中には何も有りません。
だから友達から仲間はずれにされていたのでした。
「つまんないの」
もう一度つぶやいてサフィは湖のふちに腰かけ、
両足を水に入れてバチャバチャとやりました。
程よい水温が気に入って、手で水をすくったりしましたが
すぐに飽きてしまいました。
「つまんないの」
大人たちは翼のないサフィを見てこう言います。
お前は大地と風の両方の血を持っているのだよ、
すばらしいことなんだよ、と。
大人たちはそういって大切にしてくれるのですが
子供たちの目から見たサフィは異質な存在でしかありません。
サフィにしてみたら大人たちがどんなに優しくても
他の皆と一緒に空で遊べないことが寂しくて辛くてしょうがないのでした。
サフィはごろんと上半身を後ろに倒しました。
青い美しい空で
友達が皆笑いあいながら飛び回っています。
次第に友達の姿がぼやけてきました。
涙が出てきたのです。
サフィは一人きりになるといつもこうしてこっそり泣きました。
皆の前では何を言われようと
気にしていない顔をしていましたが、
本当は悲しくてしょうがなかったのでした。
悲しくなったときのサフィのお気に入りはこの場所でした。
森の中の小さな湖。
青い空も見られるし、湖の周りには色とりどりの花たちが咲いていて
ウサギやリスも時々あらわれます。
この場所を知っているのは、サフィと、サフィの兄でした。
サフィの兄はもうここには滅多にやってきません。
サフィだけの秘密の場所にするために。
サフィはしゃくりあげて泣き始めました。
胸が苦しい。
なぜ私には翼がないの、どうして。どうして。
どうして私だけ。
サフィは自分自身を皆と違うことで責めました。
どうして私は私なの、どうして翼のない私なの。
そのときでした。
サフィはふわり、と風を感じました。
さっきまで風はなかったのに、と驚いて身体を起こすと
風は少し強くなり、湖面をざあーっとなでました。
水面が美しく波立ち、花々が揺れたので、
あたり一面甘いかおりに包まれました。
「きれい」とサフィがつぶやくと、
風は弱くなり、
ふわりとサフィの頬をなでておさまりました。
「兄さんがここじゃ木が多いから風は吹かないと
言っていたのに・・・」
サフィは嬉しくなりました。
この美しい一瞬を見たのはサフィ以外にはいないでしょう。
誰も知らない秘密の宝物をもらった気分です。
「風と湖のプレゼントね、きっと」
言ってサフィは微笑みました。「ありがとう」
もうさっきまでの悲しみはおさまっていました。
「サフィーーー!!」
頭上から大人たちがサフィを呼ぶ声がします。
「もう行かなくちゃ」
大人たちがサフィの秘密の場所を見つける前に。
「またね」
サフィは走って帰っていきました。
風と湖は知っていました。
いずれサフィが成長し、
春のそよ風を運ぶ娘として
生き物全てから愛される存在になることを。
翼人の中に稀に翼を持たない子どもが産まれますが
彼らは四季を運ぶ風使いになり、大地を育むのです。
サフィもその一人でしょう。
けれどそれはずっとずっと先のお話。
風と湖は彼女の成長をゆっくりと見守っているのでした。