或る夜の
馬場 こういち

こんな夜にも
赤いランプは燈っている

四角い机の けたたましく電話の鳴る
また事件かな と思いました


ちょっと待っていなさい


アタシ
ごめんなさい 仕事中に
きいてほしいことがあるの

一瞬 胸に不安のよぎり

いまさっき アタシ
アナタの詩を読んでいたの
きのう アナタの書いた
そうしたら
そうしたら あの子
あの子 にっこり笑ったの
ふり向いて あの子
にっこり笑ったの
アタシの袖を引っぱって
人差し指を 立ててみせたの  
にっこり笑ったの

はなす声のふるえていた


あの子は
小さな箱の中で
あの子は
ずっと ずっと
もがいていました
ひとはあの子を
ひとりぼっちといいました
あの子は
ひとりぼっちみたいでした


それだけつたえたくてアタシ
アナタにつたえたくて
ごめんなさい 仕事中に

そうか

そうか ありがとう
あしたの朝には帰るからね
ありがとう


おまわりさんが 泣いていたら
みんな おかしいと思うでしょう
だから わたしは 
泣いてはいけないのです
こんな夜にも
わたしは

わたしは
この少年たちの
酔っぱらってケンカした
この少年たちの
はなしを聞いてやらなければ
いけないのです 


ちょっとそこで待っていなさい
なにか飲みものをもって来るから


おくの給湯室の
わたしは
エラそうな 大きな帽子
金ぴかの 胸のバッジ
それすら
はずしてはいけないのです


二十一時五十三分


署長殿
いま わたしに
一分間
あと一分間だけ
私用の時間を与えてください

こんな夜にも わたしは
わたしは
いけないのですから

あの子が
にっこり笑ったのですから


自由詩 或る夜の Copyright 馬場 こういち 2006-01-01 21:26:10
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