映画館の恋人
蒸発王

浅草の古い映画館が
今年いっぱいで閉館になる

その知らせを聞いたのは
年も暮れかかっている師走だった



『映画館の恋人』



祖母は映画好きな人だった
忙しい母に代わって
私の遊び相手になってくれた祖母は
よく私を映画館へ連れていった


浅草の古びた映画館へ


中に入ると
赤絨毯のエントランス
上階へ伸びるエスカレーター
吹きぬけの天井には
見上げる
巨大なシャンデリア
大理石を模した壁が
エスカレーターに流されていく
登りきれば
劇場はいつも口をぱっくりと開けて
訪問を待つ



今のように
ふかふかの椅子ではないが
光沢のあるビロウドの客椅子
丸いステージの上に
優雅なギャザーで飾られたスクリーンが
宝物のように置いてある


客のためではない
映画のための空間


その前から七列目が
祖母と私の居場所だった



でも
私は知っている

祖母は其処に映画を見に来ていたわけじゃないことを




上映中
暗がりの中
決まって
祖母の隣りに座る影があった

『彼』は
物語りが盛り上がってくると
祖母の手を握り
祖母も其れを握り返していた

不思議なことに
『彼』は
祖母以外には見えない
私もぼんやりとしか見えない



祖母の秘密の恋人だった


そして

秘密は
祖母が死んでも守られのだ





閉館が決まった映画館は静かだった

赤絨毯もシャンデリアも
ただエスカレーターだけが
人も居ないのに
ごんごんと動いていた


前から七列目に
一人で座る


投影機が回って
古い映画が踊り出した





ふいに
手を握られた



ああ


『彼』だ




まだここに居たのだ



握り返す指
それだけに
心を集めた



映画が終わると
彼はもやもやとした影のまま
私をエスカレーターまで送り


手を振った



私が見えなくなるまで
ずっと
彼は
手を振っていた



私は
母よりも祖母に似ている
と評判の笑顔で


涙を
こらえた




『映画館の恋人』


自由詩 映画館の恋人 Copyright 蒸発王 2005-12-28 21:24:34
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