標識
岡村明子

私の方向音痴を笑いながら
手を引いて
東京タワーはあっち
六本木ヒルズはあっち
あれが皇居
お台場は向こう
新宿はあのあたり
晴れていたらあの辺に富士山が見えることもある
さて
あなたが帰る方向はわかりますか
と聞くから
通りの名前はわからないが
角に携帯電話ショップのある
大きな十字路を左に曲がって
小学校の先を二回右に曲がったところにある
茶色いマンション
と霊能力者があてずっぽうに言うように
あなたの家への行き方を説明した
だからそれは
ここからの行き方ではないでしょう
とまた笑うので
ここからの生き方は
あなたが決めてください
と言って
手を離した

信号が
変わる
街が
歩き出す
でたらめに歩いていた
私の足は
生きるということを
決めかねていたのだ
何がどこにあるか
わかるということ
自分の位置を測るということ

どこに向かって歩けばいいかということ

黙って
手招きをするあなたの
影が長く後ろに伸びる
たぶん
いつまでもちんぷんかんぷんな
問答を繰りかえす私は
自分の地図から抜け出すことができない
いつか
あなたは見かねて
赤鉛筆で矢印を書いてくれる

私の標識になってくださいますか

今度はお願いして
もう一度
手をつなぐ


自由詩 標識 Copyright 岡村明子 2004-01-17 21:24:06
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