夢の小部屋 〜もの忘れのお婆ちゃん達と共に〜
服部 剛
目には見えない「現実の壁」に敗北して
言葉を失いしばらく立ち尽くしていた僕の背中は
やがて青空からの息吹に押されて
いつのまに
古時計の長針と短針がゆったりと逆回転する
不思議な部屋に連れてこられて立っていた
この部屋に集う
もの忘れのお婆ちゃん達の胸に
ありのままの笑顔で大きいボールを投げると
鏡に反射したような笑顔そのままに
元気なボールが僕の胸に返ってくる
ゲームの輪の真ん中で 僕はすべって転んだり
しゃかりきにボールを投げ返すお婆ちゃんの皺の入った手を取って
「 ばんざーい・・・! 」と一緒に叫んだり
車椅子に小さい身をうずめたお婆ちゃんの目の前にひざまずき
表彰状を授与したりしているうちに
若い僕はすっかりもの忘れのお婆ちゃん達ととけあっていて
気付いたら皆で声を揃えて笑ってた
お婆ちゃん達が失いかけていた記憶の欠片は
反時計回りの渦を巻いて集まり始め
柔らかな瞳に
消えていた光が小さく灯る
「 さぁ、皆で歌声を合わせましょう・・・! 」
「 ♪ あ〜きのゆ〜う〜ひ〜に〜
て〜る〜や〜ま〜も〜み〜じ〜 ♪ 」
記憶のしまわれた重い引き出しはゆっくりと開かれ
眠っていた脳裏のスクリーンに映し出されるのは
幼い頃に母さんにおぶられて見た
あの いつかの 夕焼け空
僕の名前を覚えられなくても
八十年以上それぞれの物語を演じてきた
人生という舞台の外に
散らばった無数の記憶と場面の全てが
いつか吸い込まれてゆく空白の世界に
小さい輪をつくった皆で笑って過ごした今日の日の絵が一枚
金色の額縁に入って浮かんでいればいい
僕は明日も
開いた扉の向こうに並ぶ
お婆ちゃん達の笑顔を探して
大きいボールを片手に
夢の小部屋に行く