アンテ


鳥が一羽
空から落ちてくる
土に叩き付けられる
首が奇妙な向きに折れ曲がる
ぼくは死体に歩み寄り
背負っていた麻袋を下ろす
鳥自身なにが起こったのか判っていない
証拠に
丸く目を見開いている
空を黒く染めて
無数の鳥がおなじところを舞っている

最後に泣いた時のこと
大雨の夜 声がして外に出てみると
生まれたばかりの真っ黒な猫が
母親に捨てられて途方に暮れていた
手当をして
毎日エサをあげて
学校から帰るといっしょに遊んだ
ある朝起きると
仔猫は舌を出して死んでいた
草むらに転がって
硬くなっていた
生き物が死ぬことの意味なんて
判りたくもなかった
ただ涙がとまらなかった

ナイフを取り出して
鳥の両目をくり抜く
麻袋に入れて口を縛る
振り返ると
ぼくが歩いてきた軌跡を描くように
点々と鳥の死体が転がっている
麻袋はずっしりと重い
目なんかがなければ
鳥に気づくこともないのに
死体を踏みつけてしまった時だけ
ぐにゃり
イヤな思いをするけれど
また一羽 鳥が落ちてきて
土に叩き付けられる
ぼくは死体に向かって歩きだす

たった一度だけ諦めた時のこと
煙は真っ直ぐにたち上っていた
彼女は燃えて
乾いた骨だけになった
二十歳で死ななければならなかった彼女の
身体の内側を蝕んだもの
命を食らったものが
なぜ彼女を選んだのか
どれだけ考えても判らなかった
生き物はいつか死ぬ
ことはもう知っていたから
泣きたいのに涙も出なかった
自分にはどうにもできないことは
諦めるしかない
なんて
知らなかった

道が途絶えて
広場に出る
麻袋は眼球ではち切れそうだ
他にもまばらに人がいて
みな重そうに麻袋を背負っている
広場の真上で
鳥たちが舞っている
だれが言い出すともなく
全員が広場の中央に眼球を積み上げ
火を付けると
湿った白い煙がたち上る
空まで真っ直ぐにのびた煙のまわりを
鳥たちが回りだす
何度も何度も
回りつづける

初めて笑った時のこと
赤子はびっしょりと濡れたまま
身体を震わせて泣いた
人は母親から生まれる
そんな簡単なことを
これっぽっちも判っていなかった
死ぬことが決まっていて
なぜ生まれてくるのだろう
そんな理由や意味
が心のなかから消えて
気がつくと
ぼくは笑っていた
手を強く握りしめて泣く


生まれたこと
そして
いつか
みんな死んでいくこと
なにもかも

煙は上空で拡散して
細切れになり
鳥と混ざって見分けがつかなくなる
あるいは
本当に鳥と化したのかもしれない
火が弱くなり
一人 また一人
背を向けて歩き出す
広場は彼方までつづいていて
ぼくが歩いてきた道は見分けがつかない
あるいは
最初から道などなかったのだろう
空を舞う鳥が
いつか必ず落ちてくるように
ぼくもここへまた帰りつくだろう
ポケットのナイフを確かめて
麻袋を背負って
ぼくは土を踏みしめる
口もとを袖でぬぐって
ぼくは歩き出す





自由詩Copyright アンテ 2003-07-13 01:32:55
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