たけのことり
砂木

目印になる場所まで引き返そう
そういって 舅は背中を向け 急ぐ
たけのこを ぐちゃぐちゃ 踏み潰していく

私達は 夜明けと共に 山に入れるように
早く起きて
家族で食べるくらいの たけのこをとりに
舅の いきつけのような場所に 分け入った

道路からは あまり離れない約束で
天気も良く 山は すがすがしい
ちゅんちゅん 鳴いてる鳥
細くても小さくても とりあえずとった

竹藪の中は 絡み合っていて
何かと闘っているような体勢にもなるが
女としての自覚が足りないのか
持ち合わせの袋が満たされる方に夢中だった

ある程度 とり終えた舅と 声をかけあい
帰ろうとしたところ
方角を 見失ったのである

見渡す限り 似たような木 木漏れ日 鳥の声
朝は 暖かみを増してきたが
みえたのは 山の静寂 だった

どっちだっけ
頼りになるのは舅だけ しかし はっきりしない
捜索のヘリコプター 消防団 かかる費用
舅と嫁の 白骨死体
いきなり遭難リストにのり 新聞に出る自分がみえた

なによりも みるからに立派なたけのこを
蹴散らして引き返そうとする舅に 心底 恐怖した

待って ちょっと待って
私は止めた
少し 休もう ちょっと 待って

舅の足が止まる
とりにきた たけのこが 眼にはいらないほどなのに
目印まで 引き返せるのか
これ以上 動くのは 危険と思った

草も木も葉も 緑
たけのこに つられて山に入り込み 逆にとられる話は
知っていたはずなのに
こみあげてくる恐怖を抑えながら 立ち尽くす

ふっと 黙りこんだ耳に 近づいてくる音があった
大きくなって 遠ざかる あっ

あっちから 車の音だ
急いで帽子を脱いで 舅も聞き耳をたてる
朝が始まり 車の通行が 増えたのだった
道路は あっちだ

車の音を頼りに 歩いてゆく
段々 はっきりとしてくる
あまり 奥までいかなかったのが 幸いした
なんとか 道にでて 軽トラックに乗り込んだ

助かった
嫌な自分 だめな自分 死んでも野ざらしなっても
誰も困らないと 思う時もあるけど
恐怖から解放された事が ただ ただ 嬉しかった

もう 二度と行かない
かたく決心しながら

これから家で待っている
たけのこをゆでて 皮を向き 缶詰にする作業に
ほうっと ためいき







自由詩 たけのことり Copyright 砂木 2005-11-20 10:24:28
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