街(神戸より)
藤原 実


記憶の中の森で
一羽の鳥が巣立ちする
遙かな大陸に向かって
記憶の中の街で
柔らかい雨が舗道を濡らす
恋人たちを祝福して

あの火曜日の朝
私たちの街は一瞬で崩れ去った
あの日から
私たちは記憶の中に生きはじめた
記憶の中の瓦礫
記憶の中の残骸

六千の死と
六千の運命の重み
そのいたましさも
その悲惨も
私たちと共にある
なぜなら
六千のいたましさも
六千の悲惨も
私たちと共に
同じ記憶の中の街に埋もれている

あの火曜日の朝
街は私たちの記憶の形ごと
一瞬で崩れ去った
あまりの出来事に
あまりのあっけなさに
私たちはむしろ笑うしかなかった
本当の悲劇は
本当の非現実だ
本当の悲劇は
本当の喜劇だ
私たちはまるで道化師のように
好奇の目にさらされて
次の日には忘れ去られた

記憶の中を墜落していく
綱渡りの少女のように
震えているしかなかった
サーカスのテント小屋の中で

記憶の中の海
記憶の中の風

けれど私たちは
いつまでも震えているわけにはいかない
記憶の中で時は止まり
街は永遠の輝きを放っているけれど
私たちは
六千のいたましさと
六千の悲惨を
ひとつひとつ数え始めなければならない
時を刻む針で縫い合わせなければならない
この悲劇と喜劇をひとつのものとして
未来の私たちの街の敷石として
しっかりと誤りのない位置に
置かなければならない

記憶の中の空
記憶の中の雨

記憶の中の森から
一羽の鳥が
海を越えて
私たちに向かって飛んでくる

六千のいたましさと
六千の悲惨をくぐりぬけた
不死の魂をもって


自由詩 街(神戸より) Copyright 藤原 実 2004-01-10 13:24:04
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