苦い子守唄
岡部淳太郎

夜の星の下で
俺とおまえとこうして立ちながら
静かに汚れてゆく
川を見つめている
昨日から明日へ移動するためには
おまえの脳髄に流れるこの川を
わたらねばならぬ
でなければ俺たちは
いつまでも死臭漂う今日のままだ

おまえはおまえの
胃の中の内容物を吐き出さねばならぬ
コルクの蓋だとか
割れたガラスの切れ端だとか
折れた傘の柄だとか
そうしたふるい
傷つきやすいものを
海までまっすぐに吐き出せば
もう
何も身を守るものはない
ないのだが
その覚悟を
羊の毛皮とともに
育てなければならないのだ

おまえはいまも
水面を見つめて遠い眼をしているが
俺はおまえの手をとることにした
わたるのだ
この川を
(それは俺の中にも流れているのだが)
可視光線に浮かぶ橋もなければ
溺れることへの逆巻く否定もない
この川を
とりあえずの明日を目指して
厚い雲が横たわる
向こう岸へと

そこでは明日の俺とおまえが
変らず手を取り合ったまま
こちらよりもずっと安楽な笑顔で
佇んでいる

湿った枕の中を手探りして
夢の温度へと近づいてゆく
川の中の苦い音符を飲み干して
草叢の中の鳥目を踏みつけながら
俺たちは
眠りの前に歌うことを憶えるのだ



(二〇〇五年十月)


自由詩 苦い子守唄 Copyright 岡部淳太郎 2005-10-29 22:15:55
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