PIGSTY①
暗闇れもん




ある男がいた。彼の名は大山昭雄(おおやま あきお)。有名人であり、その独特の職業で成功。莫大な財を成し、人々の尊敬の念を集めた男。
彼は、占い師だった。
彼が脚光を浴び始めたのは、とある某テレビ番組の中で行方不明の女性を見つけたことが始まりだった。見つけられた当初、彼女は記憶喪失の状態だった。警察がどんなことを聞いても何も言わず、何故か暗闇を極度に怖がった。
ただ私が見つけた某週刊誌の記事によると彼女は夜中に幾度と無く魘されていたらしい。
「あいつが来る。あいつが来る…」と何度も繰り返し言う彼女の声が不気味であったと当時の看護師は証言していた。
そしてそれは彼女が翌年の発見されたのと同じ日に奇怪な死を遂げるまで続いた。
余りにも酷い死に方をしたのだろう。どんなに探しても週刊誌や新聞にはその死に方は書かれていなかった。
ネットに「斉藤可奈 死 大山昭雄」と入力するとたった二件だけヒットした。一つ目のページを開けた。
だが、「見つかりません」という言葉が現れただけだった。頭にあることが浮かび、全身に鳥肌が立った。もう、この人は生きてはいないのだと確信した。
気を取り直し、二つ目のページを開けた。
するとそこには待ち望んでいた内容が記されていた。



1997年9月3日
・・・とある某テレビ番組で見つかった行方不明だった女性、斉藤可奈さん(当時18歳)は、他殺であったとある警察官は証言した。世間では、ただの病死と伝えられたが実際は違っていた。その警察官によるとその現場は余りにも凄惨で、この情報を伝えることにより多くの人々が精神的ショックを受けるのは避けられず、また二次犯罪を避ける意味で真実が隠されたらしい。
ある朝、検温で彼女の個室を訪れた看護師が目にしたのは夥しい量の血で染まったシーツだった。病室の何処にも彼女の姿は無く、変わりに赤い血が白い病室の床に流れ落ちていた。
その看護師の証言により、警察や病院関係者が彼女の姿を捜したが一つも手掛かりは無かった。その間も病院は正常に機能し、入院患者にはいつも通り栄養配分を考えられた食事が与えられた。
最初、ある異変に気付いたのは洗濯物を干すために屋上に訪れた看護師だった。たった一つの青いバケツに無数のカラスが群がっているのを不審に思った彼女はそれに近付いた。
近付く度にもう二度と嗅ぎたくないと思わせるような腐敗臭が鼻をつき、吐き気が全身を襲った。それでも何故か足を止めることは出来なかった。怖い物みたさだったのかもしれない。
そして彼女は目にした。バケツの中で小さくなった斉藤可奈さんの成れの果てを。
次にある異変に気付いたのは入院患者の一人、金瀬正彦(当時83歳)だった。彼は、肺炎を患い入院していたが経過が良好で数日後には退院できると言われていた。
彼は十数年前まで、とあるホテルの料理長として働いていた。料理の腕は一流で、彼の舌はどんな食材さえも見分けてしまうと有名だった。
その彼がナースコールを鳴らして、直ぐに看護師に来るように言った。理由を何も言わず、ただ震えた声で「来てくれ」と懇願する彼に看護師は優しく対応すると彼の病室に向かった。部屋に入ると彼が毛布をかぶり、カタカタと不自然に震えているのが見えた。
「金瀬さん、どうしましたか?」という看護師の問いかけにも答えることなく、彼は自分のことを語りだした。
彼は、戦争で特攻隊として敵に攻撃したが奇跡的に生き残り、ある島に友と共に流れ着いたと言った。
彼女は最初、ただ話し相手が欲しかったのかと思った。体が思うように動かなくなり、人のいる談話室まで行けない老人達は、しばしばこうやって看護師に話し相手になってもらいたいためにナースコールを鳴らす。特にここは個室だった。
よほど寂しかったのだろうと思っていたが、この病院は経費削減のために看護師の数が少なく一人の患者に構う時間も体力も無い。
適当に話を合わせて早々に切り上げようとしていたが、彼の話が進むうち、自分の勘違いに気付き始めた。
食料の無い島だったと彼は言った。怪我をした彼の友人は、日が経つごとに弱っていったと言う彼の声は、震えていた。そしてとうとう虫の息になった友人と彼との会話を聞き、看護師は彼が言わんとすることに気付いた。全身を冷たい汗が流れ落ちていった。

「おい!!河野!!」
「…もう死なせてくれ…」
「国に奥さんも子供も残しているだろ!」
「…なぁ、金瀬…」
「河野?」
「お前だけは生き延びろよ…」
「もちろん、お前も一緒に、だろ?」
「なぁ、金瀬…分かっているだろ…俺たちは二人では生き残れない」
「…言うな」
「丁度よかった。俺が死にそうで良かった。俺が死ねば…」
「言うな!!河野!!」
「…食料が出来る」

彼は力任せにベッドの上に置かれていた食べかけの食事を床に叩きつけた。青ざめる看護師に彼は震えた声で尋ねた。
「その時と…同じ味が…するのは…何故でしょうか?」
鈍い音が響き渡る。
看護師が倒れた床には、ほぼ全ての入院患者が口にしたシュウマイが、悲しく転がっていた。
その後の警察の調査で、シュウマイの肉と可奈さんのDNAとが一致した。可奈さんを殺害した犯人は可奈さんを殺害した後、ご丁寧にも挽肉にして豚の挽肉に混ぜたようだ。そのせいで病院の入院患者の半数以上が可奈さんを食べてしまうことになった。警察も懸命に調査に当たったが犯人を特定する物は何一つ無く、世間も次第にその事件を忘れ、お蔵入りになった。
だが独自の調査で、犯人に結びつく証拠を見つけた。



そこで文は途切れていた。その日以降の日記は書かれていなかった。私は小さく溜息を付いた。この人もあいつに殺されたのかもしれない。
「綾香?」
振り返ると親友の逆波直子(さかなみ なおこ)が不思議そうに私を見ていた。私は慌てて見ていたページを閉じると椅子から離れた。
離れた図書館なら安心だと思っていたけど、まさか直子に見つかるなんて。
「何?」
出来るだけ平然を装いながらそう微笑みかけると直子は無言で私の袖を引っ張ると暗闇に連れていった。
直子は言った。
「何じゃないわよ。私がどれだけ心配したと思っているの!!」
「直子…」
「どうして急にいなくなっちゃうのよ!」
図書館にいる人達が本から目を離し、迷惑そうにこっちを見ている。 
「…」
黙っていると直子もそれに気付いたのか、少し声のトーンを落として言った。
「ねえ、何があったの?私には話してよ。ねえ」
私は普通の家に生まれ、優しい両親に愛され、何不自由無い生活をしていた。
でもそれは昨日までのことだ。
まだあのことは外部には漏れていないらしい。さすが金も権力もあるあいつは違う。そう思うと知らず知らずのうちに唇を噛み締めていた。
私が今無事にいるのは、あいつが並外れた快楽殺人者だからだ。あいつは、私をワザと怯えさせ、逃がして、最終的に追い詰めて殺したがっている。狩りだとあいつは言っていた。
『逃げろ。もっと怯えた顔をしろ。その方が殺した時の興奮が大きい』
あいつの言葉が甦り、吐き気が込み上げてきた。
昨日のことを思い出し、体が震えた。一生懸命に頭からそのことを追い出すと平然を装った。
「別に、ただ親と進路のことで喧嘩しただけ」
私は、直子から今の自分がどう周りに思われているか聞き出すつもりでいた。それに家に今監禁されている両親のことも気がかりだった。
直子はそれを聞き、安心したように微笑んだ。
「なんだ。それなら、うちに泊まれば良かったのに。うちの親なんて共働きで帰りだって遅いし、私になんか興味も無いから部屋に一人ぐらい泊めても気付きもしないよ。今朝、いつもの様に綾香を呼びにいったらさ、おじさんが青い顔をして出てきて『綾香は家出した』なんていうからさ。びっくりしたよ」
昨日のお父さんの叫んだ声を思い出した。
『綾香、逃げろ!!お前だけでも生き延びてくれ!!』
そう言ったお父さんは今でも生きているのだろうか。それにお母さんの姿が見えなかった。
もう殺されてしまったのかもしれない…。
涙が溢れそうになった。
でも必死に耐えた。直子に気付かれてしまう。親友の直子まで巻き込みたくない。何せ、あいつは何故か私の大切な人を奪って私が苦しむことにこの上ない快楽を感じているからだ。
「綾香、帰ったほうがいいよ。おじさん達も心配しているだろうからさ」
昨日のことが頭に浮かんだ。
目の前で服を剥ぎ取られ、皮の首輪を付けられた父と母。人間としての全ての尊厳を奪われた両親に、あいつは笑って言った。
『豚だ、お前ら皆、唯の豚だ』
殺してやりたい。
初めて心から人を殺したいと思った。
服のポケットに手を突っ込むとそれに触れた。古びた折りたたみ式ナイフがそこにあった。
昨日あいつが、お母さんを引きずって居なくなった時、お父さんは何処からかナイフを取り出して私の縄を切った。
お父さんは、私が泣き叫び、縋り付こうとするのを必死に引き剥がした。見たことも無いほど怖い顔をしていた。
体が震えた。
お父さんに触れた手は赤く染まっていた。血のにおいが辺りに充満していた。お父さんのお腹から血がいっぱい出ていた。
『逃げろ、綾香!!』
お父さんの常軌を逸した声に怯え、私は逃げた。逃げてしまった。
背後では騒ぎを聞きつけて現れたあいつが、お父さんに馬乗りになって殴るのが見えた。
罪悪感が私を苦しめた。
寝床に決めた公園の遊具の冷たさが体に突き刺さった。もう帰る家も無いのだと知った。
何度も寝返りをうつ。目を閉じて出来た暗闇の中にさえ、あいつの笑顔が現れてきそうで怖かった。
そして夜が明けた時、私は最終的にある考えに至った。
「ね、聞いているの?」
直子の声に顔を上げた。私は微笑んでいた。
「うざいよ」
私は、あいつに一人で立ち向かうつもりだ。



散文(批評随筆小説等) PIGSTY① Copyright 暗闇れもん 2004-01-09 18:44:06
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