天沢(あまざわ)オリオン
けんご

余がルクセンブルグのハイデルカイアットホテルに滞在の折り
夜の列車が汽笛を鳴らしてコーマ駅を出発するのが聞こえた
ホテルの二階 赤茶けた電話機に接続すると
余はコンピュータースクリーンにコードを噛じる電気リスを見いだした
おおよそ彼らの仕業は 下々の従業員にも知られているらしい
ロビーからコントラバスの奏でる「臭気 天沢オリオンに達っす」
の調べが響いてくる シュトットガルトから訪れた紳士も

「くすり」

という若干気味の悪い笑みをもらす 余はバルコニーに居場処を移して
銀河が横たふ満天の星々を見つめた おゃ あれが天沢オリオン? いやあ
そうではない 天沢オリオンと言ふのはね 列車が街を出て
もうじき建物の少ない平原へと辿りつく前 夜の水族館のような
窓辺に映る青い電光掲示板に書いてございましたよ 奇妙なことをおっしゃる
天沢オリオンは夜空の星 サソリもしっぽの毒を赤々と燃やし続けている処
否 否 余は確かに街のはずれで この両の目で見たのです
風が林を揺らす丘の斜面から滑るよふに降りてくる あの星座の下に
天沢オリオンは或るのです

余は何かしら訝しく思ひ 冷たい手摺りに手を置いて 夜の星を見上げた そこでは
蒸気で動く気狂いロボットも 決してこのバルコニーまでは降りて来れそうもない
(と思へる)乳色の河が 天沢オリオンを浮かべて 静かに流れていたのです



自由詩 天沢(あまざわ)オリオン Copyright けんご 2005-10-21 21:10:53
notebook Home 戻る