海と言葉
木立 悟





左の視界に切り込んでくる
海は花を手わたしてくる
霧雨と霧雨の合い間の呼吸
羽音から羽音へ飛び越えながら
海は光を手わたしてくる


朝がはじまるその前に
朝よりも強くしらじらと
ひとりを照らす夜がある


明かりとひとつになりたがり
蛾はいつまでも灯火に群がる
ほんとうに結ばれるものは
もういないのかもしれない


かなえられぬ願いの腕の
過去を負いすぎて透けた手の
何も染めずに動く色


飲んでも飲んでも苦い水
赤い瓶の裏側の空
曇の三角を増してゆく


古い木のにおい
布のにおい
それだけでそれだけで音になるもの
閉じても消えぬ色になるもの


波に浮かぶ瓶のなか
かたちを変えてゆく光
苦い水はまわりゆく
苦い世界はまわりゆく


まぶしさのない明るさに
庭の木々は消えてゆく
朝の糸を咥えては引き
海は道をひらいてゆく


呼び名の要らない季節から
器を揺らす手のひらは来て
けだものの言葉と花の言葉に
光の言葉をちりばめてゆく









自由詩 海と言葉 Copyright 木立 悟 2005-10-17 17:11:25
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