鳳仙花
蒸発王
左目の古傷を開かれた
ぷつぷつ
と
肉の裂ける
鈍い音が
鳳仙花の匂いが
絡み付く記憶をえぐり返す
カサブタを剥がされて
マブタ肉の隙間に
奴の遺した眼球が
すべり込んだ
奴をかばって
傘の切っ先が左目を貫いたのは
10の年だった
奴は泣きじゃくり
ノドが枯れるまで謝り
自分の左目も同じようにしようとしたから
必死で止めた
私の左目は光りを失い
それでも
子供心に後悔は無かった
数年後
奴は
故郷を裏切り
国を騙し
友を殺して
逃げた
追っ手は
私
涙を流して
頼み込み
むせ返る
鳳仙花の匂いの中
奴の瞳に映る
歪んだ私を見ながら
殺した
その後
奴の
机の中から
私に左目を譲る
という
書簡が見つかり
形見のつもりで
奴の一部を身に宿した
其の
左目の記憶が
私を蝕む
奴の水晶体が
映す
最期の記憶
歪んだ私と
鳳仙花
毎晩
毎晩
奴の記憶に
侵食され
犯され
食らわれた
私は
もはや
自分の名すら
塗りつぶされた
私は
記憶を
食い尽くされた
私は
今夜も
奴の
墓標に立つ
片手に
献花
左目に映る
歪んだ私と
鳳仙花
ああ
少し
幸せ
揺れる鳳仙花