鳳仙花
蒸発王



左目の古傷を開かれた


ぷつぷつ

肉の裂ける
鈍い音が
鳳仙花の匂いが
絡み付く記憶をえぐり返す

カサブタを剥がされて
マブタ肉の隙間に

奴の遺した眼球が
すべり込んだ




奴をかばって
傘の切っ先が左目を貫いたのは
10の年だった

奴は泣きじゃくり
ノドが枯れるまで謝り
自分の左目も同じようにしようとしたから
必死で止めた

私の左目は光りを失い

それでも

子供心に後悔は無かった




数年後
奴は
故郷を裏切り
国を騙し
友を殺して
逃げた



追っ手は



涙を流して
頼み込み


むせ返る
鳳仙花の匂いの中


奴の瞳に映る
歪んだ私を見ながら





殺した





その後
奴の
机の中から
私に左目を譲る
という
書簡が見つかり



形見のつもりで


奴の一部を身に宿した





其の
左目の記憶が


私を蝕む




奴の水晶体が
映す
最期の記憶

歪んだ私と

鳳仙花


毎晩
毎晩
奴の記憶に
侵食され
犯され
食らわれた
私は



もはや


自分の名すら
塗りつぶされた
私は

記憶を
食い尽くされた


私は




今夜も
奴の
墓標に立つ




片手に
献花



左目に映る


歪んだ私と

鳳仙花




ああ


少し

幸せ







揺れる鳳仙花







自由詩 鳳仙花 Copyright 蒸発王 2005-10-16 22:37:53
notebook Home 戻る