スプートニクの泣いた話
蒸発王



僕はスプートニク2号
地球初
気密室を搭載した
宇宙船


まもなく
僕は
他の兄弟と同じように

宇宙の塵となる
鉄の塊


その日
僕の部屋に来たのは
いつもの白衣の人間と


一匹の犬


『彼女は君のパートナーだよ、宜しくやってくれ。』

人間はそれだけ言って

彼女を中に残したまま

扉を閉めた

彼女は蒼い目をきらめかせて
訊いた

『名前は何というの?』

『僕はスプートニク2号・全長29.2m、尾翼をふくめた直径10.3m、重さ26.7トン』

『すぷうとにく。私は名前を忘れてしまったの』

『何故?』

『名前は目に見えないから』

奇妙な犬だった
吼えないし
尻尾もふらない


でも
大きな澄んだ蒼い目と
大きな耳を持った

素敵なメスだった




五日分の酸素と水
誰もの強い願いと
彼女を乗せて

僕は飛んだ


僕に開いた
丸い眼球から覗く
あの
小さな天体は
彼女の目とそっくり

蒼い
蒼い
地球

窓を覗いて彼女は言った

『オオイヌ座まで行きたいの』

『無理だよそんなの』

『何故?』

『僕がスプートニクだからだよ』

僕は
インプットされていないはずの
嘘をついた





五日分の水もつきた
五日分の酸素もなくなった

『さむいね』

『さむいね』

本当は僕は寒いなんて
感覚は無いのに


『大好きだよ。すぷうとにく』


好き、だなんて
僕はそんな感情わからないのに




『僕も大好きだよ』




僕と彼女の最後の会話





どうして?

どうして
神様?

僕はかまわないのです
露と稲穂の醜い争いの産物の
僕など

消えてしまえば良いのです


けれども

けれども

彼女だけは
あの小さな天体のような
蒼い目の
彼女だけは



ああ
どうして?




僕は
感情なんて
感覚なんて
ココロなんて
無いのに

―もう、会えないなんて―
―カナシイ、なんて―
―涙、なんて―





『一緒に行こう。オオイヌ座になろう。』










彼女の死体を抱いて
大気圏に落ちて
燃え尽きる瞬間


スプートニクの機体からはがれた
破片は
流れ星になって
地上に降りました





まるで涙のようでした







自由詩 スプートニクの泣いた話 Copyright 蒸発王 2005-10-15 00:56:50
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