長い長い町の話
うめバア

その町の、かつての軍用地は
日本がアメリカとの戦争に負けた後
大きな時計メーカ−の工場になった

高度経済成長が過ぎ去り
第二次ベビーブームの波にのり
郊外に庭付き一戸建てを求める
サラリーマンが増えて
静かな田舎町は
ニュータウンと呼ばれ
にわかに活気づいた

平日には建設用資材を運ぶトラックが、
日曜にはマイカー族が、
かつて農道だった一車線を走り、ひしめいた

その町が、町から市になった年
時計メーカ−は市民全員に
市のシンボルマークが彫りこまれた
デジタル時計を配った

工場はきっと
フル稼働だったに違いない
なにせ3万を越える町の
全住人に、真新しい時計を
配らなければならなかったんだから

そして、だいたいの市民がそのことを
とても、喜ばしく思ったにちがいない

時計工場の土地の片隅には
閉鎖された防空壕があった
戦争の時に作られた防空壕だけど
誰もそのことについては
あまり語る時間を持たなかった

町は市になって活気があったし
人も増えていた
第二次ベビーブームの若者が
高校へ、大学へと進学する頃に
「バブル経済」と呼ばれた一時期が来て
物質に満ちあふれた世界は
やたらときらびやかで
忙しかった
昔のことを思い出すのは
ちょっと、カッコ悪かったのかもしれない

それからまた20年近い時が過ぎて
町は少し、静かになった

生徒で溢れていた中学校の校舎には
がらんとした空き教室が多くなった

若者達は都心から遠い住宅街よりも
もっと便利な街を求めて引っ越し
ニュータウンと呼ばれた住宅街には
年老いた親だけが残された

大きな時計工場は
ついに閉鎖されることになった
ついでに、工場の隣にあった
中学校も、閉鎖された
ベビーブーマーの卒業生は
母校には帰れなくなった

片隅にひっそりとあった
防空壕も壊された

がらんとした工場の跡地に、
大きなショッピングモールが出来て
町はまた、少しだけ、元気を取り戻した
真新しい白いショッピングモールには
新しいカフェも、レストランもあって
そういうにぎやかさが
町には必要だった

けれど、その頃から
駅でたむろしている
浮浪者の姿が目立つようになった

昼間からお酒を飲み
汚れた服で座り込んでいる
素敵でもなければ
若くもない、人達

凍てつくような冬の朝には
数人で体をくっつけあって
寒さをしのぐしかできない
屋根を持たない人々

一番安い酒と
わずかの食べ物を
汚く散らかしながら
通勤ラッシュの時間も
駅のベンチでぼんやりと
みんなの姿を見送っている
名前も知らないおじさん、おばさん

その横を、大勢のひとたちが
急ぎ足で通り過ぎ
オフィスへ向かっていく

誰が勝ち組でどっちが負け組かとか
社会の構造や経済の仕組みとか
そういう話し方は、得意じゃない

何が正しくて、どうすればよかったか
新しいものが美しいのか
古いものはただ単に
思慮深く見えるだけなのか
そんなことまでは
本当には、わかんない

けど、何も見えてない振りをして
スーツとブランドバッグで全てを
隠し通してしまうことが
できるはずはないことは
あたしだって、知ってるよ

だから今すぐどうするとかってんじゃないんだけど

これがこの町で
あたしが見たこと。
それを知ってほしかった

あなたの町では
何が見えますか?


自由詩 長い長い町の話 Copyright うめバア 2005-10-09 02:31:48
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