小詩集「書置き」(三十一〜四十)
たもつ
よく晴れた日
ハンガーに吊るして
自分を干してみる
きっと人はこのように
優しく干からびていくのだろう
水分も記憶も失いながら
+
鏡に向かって
笑う
そんな嘘
ばかりついてる
+
目が覚めると
家が巨大なクラゲになっていた
さっきまで寝ていた布団も
すっかり湿っている
クラゲは透明な触手を揺らして
威嚇をする
なるべく刺激しないように
そっと洗面所に行き
蛇口をひねる
タツノオトシゴが沢山出てくる
実は水の中にいるのだと
気づきたくないので
呼吸ばかりしている
+
栞の代わりに挟んだ
刺身がもう腐って
臭いから
部屋の隅に寄せる
明日は部屋の外に出す
明後日は家の外にある
+
夜中にお腹がすいて
台所に行くと
すでに母は来ていた
父が大事に育てていた
カイワレダイコンを
二人して食べた
父は怒らなかった
笑うことしか
知らない人みたいに
+
枕の中を航行する
船の甲板で
あなたが手を振っている
もしかしたらそれは
尻尾を振っている
あなたの犬かもしれない
輪郭が曖昧なまま
睡眠という
悲しい航海は始まる
+
このエレベーターは
どこまで行くのだろう
既に最上階を越えて
それでもまだ
昇り続ける
忘れ物を置いていくように
懐かしい人の顔が
次々と浮かぶ
懐かしくない人も
懐かしい人になっていく
+
足がたくさん生えていたので
あるだけの靴やサンダルを
履かせていく
それでも足りなくて
近所の靴屋に買いに出かける
途中一足拾って
少し得した気分になる
どこに生えていたのか
なんて余計なことは考えずに
買い物は続く
+
今日も一日駅に
列車はやって来なかった
駅員は所定の事項を日誌に書くと
丁寧なお辞儀をして
夜勤の者に引き継ぐ
それから徒歩で他の駅へ行き
列車に乗って
帰宅をする
+
町の外れにはピラミッドがある
それが偉い人のお墓だということは
小さな子供でも知ってる
どれだけ偉い人なのか、ということは
入学して二年目に勉強する
三年目になると子供たちは
先生に引率されて
ピラミッドの頂上に登る
先生は町を見下ろしながら
あれが学校、駐在所、何とかという商店
と町の地理をひととおり説明をする
それから数年後町を出た子供たちは
他の町で育った同級生や同僚に
懐かしそうにその話をする
そして大抵の場合
そんなピラミッドなど知らない
と言われる