私の隣に幽霊が座っていた
岡部淳太郎
空いている電車に乗り 席に座る
駅に停まり 駅を通過し
また駅を通過し 駅に停まり
車内は次第に混んでくるが
他の席はどんどん埋まってゆくが
私の隣はいつまでも空いたまま
誰も座ろうとはしない
それもそのはずです
私の隣には人の目に見えない幽霊が
座っているのです
だからみんな座りたくても座れないのです
そこに座ってしまえば
幽霊を押し潰してしまう
恨みと未練の残った魂を押し潰してしまう
だからみんな座れないのです
それは私が汚れた中年男だからではなく
私の隣に座るなどもってのほかだと
みんなが私を毛嫌いしているわけでもなく
ただ単に
私の隣に幽霊が座っているからなのです
だからといって
私は幽霊に取り憑かれているわけではなく
私自身が幽霊のような存在だというわけでもなく
ただ単に
たまたま私の隣に幽霊が座ってしまっただけなのです
私の隣の幽霊の存在をみんなが感じて
よそよそしい沈黙の中に潜んでいる間
私は私の隣の空っぽの座席を見つめます
そこに座っているだろう幽霊の
越し方と行く末を思います
彼 または彼女は どんな因果で
この電車に乗りこむことになったのでしょうか
ここから先
いったいどこまで乗っていくつもりなのでしょうか
*
真夜中の
回送電車は
幽霊たちで
無言の座席がすべて埋まっている
どこから乗ってきたのか
どこまで乗ってゆくのか
幽霊たちが
無言の座席に黙って座っている
(二〇〇五年九月)
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