はらから/御中ではなく、言葉そのものに
小池房枝

はらからの反対語ってなんだろう。実はずうっと考えています
日本語の何を愛好するんだろう。やっぱりずうっと考えています

我はシサム我はヤマトンチュ国の名は知らない彼女のカイビガンだよ
西はイリ東はアガリ太陽(ティダ)の通るとおりに呼びますイチャリバチョーデー

美しさを持たぬ言語があるとでも?すべての言語が誰かの母語です
ピリカ レラ、ピリカ ワッカそしてトワトワト。トワトワトわれも一尾のキツネ

和語漢語 梵語に蘭語 カタカナ語 どれも日本語 継子(ままこ)じゃないよ
咲いたのか咲いていたのかマンジュシャゲ花ではなくて色に見えます

話者が母語を愛し誇るのは当たり前。でも身びいきは何処か悲しい
悲しさに宿を立ちいでてながむれば浦の苫屋の秋の夕暮れ
  
遊びせんとや生まれけむ。楽しみ方に水をさすつもりはありませんし
今までずっと黙ってていきなり投稿したわけでもありません。
"日本語愛好会"とか"はらから"とかいう言葉をみると私はやっぱり
どうしてもぎょっとしてしまうのだと、以前にも言葉を
交わしたことがある方とはRT会議室等でお話ししたこともあります。
ただ、旗幟鮮明を、自分のために。

「日本語は美しい」かもしれないね。助詞「は」が排他の「は」でなければいい
タンデムでアーユーよかとっ?!よかっ。発進。あんたばすいとぉ!聞こえないよぉ


短歌 はらから/御中ではなく、言葉そのものに Copyright 小池房枝 2005-10-01 00:02:03
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