首筋の紅
黒田康之

夏が去って
私は久しぶりに襟のあるシャツを着た
それでも秋風がいつのまにか
襟元から心の奥の方へとしみこんでくる
夏は毎日飲んでいたアイスコーヒーの器を
背の高い
細いグラスを洗いながら
何度も何度も洗いながら
夏を仕舞う毎日である
熱を帯びた日の光を
何日も何日も吸い込んでいたせいか
グラスはいつまでも輝いていて
暗闇にはそう簡単に収まりそうもないのだ

あれはそうだ いつか見た女だ
確かにあの女だ
以前より頬はこけ手足は細くなっているけれど
目尻を下げて笑い出しそうな目は
それとは別の涙の重みを抱きしめながら
また私の前を歩いてゆく
つややかな細い髪をふわりふわりと躍らせながら
何も事情を知らせない女は
何も事情を知らない私の前を通り過ぎる

夏が去って
私は一つ栗の実を食べた
どこで生まれたかは知らない栗だ
それが僕の暗闇にすんなりと沈み込んでいく
毎日包まっていたタオルケットを
汗にまみれた
薄青いタオルケットをたたみながら
幾重にも幾重にもたたみながら
夏を仕舞う毎日である
熱を帯びた私の体温を
何日も何日も抱いていたせいか
タオルケットはいつまでも熱くて
暗闇にはそう簡単に収まりそうもないのだ

あれはそうだ いつか見た女だ
確かにあの女だ
以前より髪は黒くなっているけれど
日に焼けたふくよかな長い脚は
それとは別の惜別を抱きしめながら
また私の前を歩いてゆく
夕空に伸びて行きそうな広い背中を躍らせながら
すべてを深く知り合った女は
すべてを深く知り合った私の前を通り過ぎる

卒然
私の眼前には
百人も
千人もの女が
すでに消えかけた
首筋の紅をさらしながら
呆然とうらむ目つきで立ち尽くしているのだ
私の中に収まろうとしない熱情の
葬送としての現実である


自由詩 首筋の紅 Copyright 黒田康之 2005-09-28 15:17:56
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