未熟
千波 一也

わたしは みにくい獣だ

 鋭利な刃物を知っている
 (わたしの爪はいつも)
 鋭利な言葉を知っている
 (やわらかな皮膚だけを)
 鋭利な視線を知っている
 (傷つける)

みようとするのか
しないのか

違いは たったそれだけのこと

わたしは みにくい獣だ


 慣れたつもりの定規は掌に食い込んで
 (やわらかな皮膚はいつも)
 直線はみごとに白紙のうえに刻まれる
 (やわらかな皮膚はいつも)
 インクはこともなげに染み渡ってゆく



わたしは 生きてゆかねばならない

 ヒグマがサケを狩るように
 (わたしの爪はいつも)
 オジロワシがウサギを見つけるように
 (やわらかな皮膚だけを)
 クモがモンシロチョウを待つように
 (傷つける)

 わたしの皮膚もまた やわらかい
 
 爪は在るのだ

 どこか遠くか 
 あるいは とても近くか
 爪は在るのだ

わたしは 生きてゆかねばならない



 殺す だとか 奪う だとか 犠牲 だとか

 そのような言葉と関わらずに済む方法を
 誰か教えてはくれないだろうか

 耳を澄ます

 手を地につけて這うことをせず
 風に  自由と名を付けて
 空には 希望と名を付けて
 その
 名を記した
 その
 手を
 耳にあてて 
 じっと澄ます


みようとするのか
しないのか

違いは たったそれだけのこと



わたしは みにくい獣だ



 生きてゆかねばならない
 (殺さねばならない のか)
 生きてゆかねばならない
 (奪わねばならない のか)
 生きてゆかねばならない
 (わたしは 犠牲になど
            なりたくはない)



此処に立つ、ということは 多くを食してきた証

わたしの流した汗と涙には
幾つの いのちが あっただろう

わたしの零した血潮には
幾つの いのりが あっただろう


 誰か わたしの名を教えてはくれないだろうか

 わたしが内包するものは
 あまりにも多い

 あまりにも みにくい
 みにくい 
 のだ




月はいい

 (この爪には触れない高さだ)

海はいい

 (この爪には触れない深さだ)

真の獣はいい

 (生きている)
 (生きている)
 (この爪では立ち向かえない)
 (挑めない)
 (生きて いる)




眼を閉じてみても
 (脈動は続いてゆく)
耳を塞いでみても
 (脈動は伝わってゆく)
口を噤んでみても
 (脈動は次から次へと)
 
 (わたしは 生きてゆかねばならない)





いや、わたしは 生きてゆくのだ





いのちであるから

いのりであるから

半端なものは要らない



すべてを賭するに値するすべてを求めて
わたしは 生きてゆくのだ




わたしは みにくい獣だ

 (生きる糧を探している いつも)
 (生きる術を求めている いつも)

わたしは みにくい獣だ

 (異臭をはなつ身だ)
 (異形をさらす身だ)



そして おそろしく 飢えている

 (花にも蜜にも)
 (光にも温度にも)
 (やさしさならば尚のこと)



わたしは みにくい獣だ


誰か歩み寄ってくれるだろうか




たとえ ひとしく 獣であったとしても



いや、

おそらくは

ひとしく

獣であるだろうけれど





誰か歩み寄ってくれるだろうか


わたしの望む、その

正面から





自由詩 未熟 Copyright 千波 一也 2005-09-22 07:11:59
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