満ち潮
たちばなまこと
呼んでる
わたしは はんぶんだけの さいぼうだけれど
くらくて とくんとうごく かべのへや
まってる
淋しいと 引っ込むみたい
雨が浸みると 歩くのいやいやって するみたい
満ち潮
呼んでる
今度は私が呼んでる
指にキスしたいんだ
おいで
からだの住人が記憶している 海の話でも 聞きながら
少し待ってて
私のおでこの奥で 桃が熟したら
あなたにもあげる
からだの住人がうたってる 海のうたって なあに
さかなだったころなんて ほんとうにあるのかな
感じて欲しいんだ
大きくなる前 あなただけの海があって
目をぎゅっとつむったまま 泳ぐからなんだと
瞳のボールが痛いのは
あなたのあったかさが
私のあったかさで 出来ているからなんだ
きっと
***
「満ち潮(陰)」
左胸が鼓動に震え続ける 目覚め
終わらない微熱が朝を迎えた
鈍く刺す熱の姿は見えない
火照った血のないしょ話が聞こえない
明日への旅へ傾いた斜光に
終わらない目眩はまだ誓えない
聖なる光のような西の陽は
それはいつかのあなたのような
手探りで握った指先のような
裏を表に 陰を光に
回転させる力のような
曖昧で必然な 秘密
知りたがる鼓動 眠れない夜の入り口
熱いね と手の平を撫でるあなたに
砂金混じりの溜め息はまだ聞こえない
月のせいですか 小さな双葉のせいですか
声の代わりに体内でとろり うごめく血潮
私の他には誰もが感じない部屋で
まるまって 朝でも昼でも夜でもない時を待つ
大窓を透かして叫んでは泣く陽は
横たわる肢体に金色を惜しまない
中心に染み入って 香(かぐわ)しく吹くように
熱く生まれる血潮なら
この手足に未満ても
あなたのために いくらでも